これでも版元なのか? これでも版元なのだ
2018年の秋に『鉄道旅行手帳』
という書籍を公刊し、ひとり出版社になった田園都市出版社です。ラインナップはただいまのところ、唯一それのみです。手帳という名の読み物かというと文字通りの手帳でありまして、今もって出版社になったと言っていいのかどうか、心もとないのが正直なところです。
フリーランス出版者
刊行図書の少なさとともに、出版社なのかなどうなのかなと釈然としないのは、今なお当社が個人事業主であるという点です。田園都市出版社というのは屋号であり、自分自身意識もまたフリーランスです。フリーランスの出版社というのも不可思議な存在ですが、フリーライター、編集者、撮影者としての活動もしています。テーマは旅とか、散歩写真とか……。
きのうインタビューして音声を起こしたかと思えば、きょうは店舗や料理の写真を撮り、明日はテキストをリライトしたり、といった仕事のスタイルで、毎日何かしらやる日々です。女性誌、生活総合誌、フォトジャーナリズム誌にとびとびに社員として在籍し、その間をフリーランスとして食いつなぎ、今またフリーランスとしてつかみどころなく仕事をしているというわけです。旅関係ではキューバやアジアが専門、『トラベルライターになる方法』(青弓社)などを書いて、フリーランスという業態についても考えてきました。
フリーランス=産業の申し子
会社であれば社長がいて従業員がいるのでしょうが、ひとり出版社はひとりです。しかも個人事業主とくれば、個人商店のオヤジをやりながら、夜な夜な原稿書きにいそしむ日々にほかなりません。会社経営者にもなりきれないので、労組にも入っています。出版フリーランスのユニオン「出版ネッツ」では、副委員長を務めています。むろん、時短と賃上げのために入っているわけではありません。フリーランスは仕事がなければ干上がるし、ベテランと駆け出しの報酬の差も、ほぼ運まかせのようなところがあります。フリーランスとして業界に竿差そうという思いと、われわれ自身の地位向上を目的としているのです。そうしますとフリーランスのユニオンから出版労連本部に派遣され、あれよあれよという間に出版・産業対策部の事務局長をやっています。これでも産業のことをわりと真剣に考えているので、出版研究集会というのを毎年秋に催しています。出版売上のV字回復などを目論んでいるわけではありませんで、個人的には小商いで生きていくにはどうすればいいかというのを常に考えています。
フリーランスというのは出版産業の申し子のようでもあります。1970年代から始まる「雑誌の時代」を、各社は大量のフリーランスを作り出すことで乗り切りました。流動的で寄る辺ないフリーランスが、これまでの出版産業を下支えしたのは確かです。さまざまに専門的な知見をフットワーク良く提供する一方で、非正規スタッフとして雇用の安全弁となり、金曜の夜に発注しておけば月曜の朝に届けてくれるような便利な存在。そんな鵺(ぬえ)のようにつかみどころのないフリーランスを多く抱えて、ますます雑誌が元気になっていく。そんな時代が確かにあった、ように感じています。
低空飛行時代のフリーランス
90年代後半からの「出版不況」によって、ほどよくトレーニングされたフリーランスの供給はいっとき途絶えてしまいました。フリーランスはまずは出版社に入り、適宜スキルを身につけて独立したり脱落したりして転身するものでしたが、出版社が新規採用を見送るようになって社内の人材育成のバランスが崩れ、そしてまた産業自体の業界天気図が土砂降りの様相を呈するようになりました。かつて雑誌業界の周辺を、新陳代謝を繰り返しながら漂っていたフリーランスは新規参入者が減り、業界自体の高齢化が進んだような。各社の新規採用は再開されていますが、業界の人材育成のバランスは欠いたまま、価格破壊や今度はクラウド型仕事募集サイトから流入してくるWebライター層とも競争しなければならず、若いライターがスキルアップしながらしっかり仕事を残していける基盤がそもそも弱まりました。大手の出版企画のあり方も、オリジナル至上主義から大ヒット作の二匹目のドジョウ狙いへと大きく変容を遂げたように思います。
低空飛行の時代のフリーランスにとって、軟着陸の着地点はどこか? ということをときどき思うようになりました。せめても自分の思い通りに企画を押し通す自由ぐらいかなと思って始めたのが、ひとり出版社です。名刺の肩書に、編集・執筆・撮影に続けて、出版と加えただけのようでもあります。
出版者以上、出版社未満
そんな出版者以上、出版社未満のひとり出版社ではありますが、版元ドットコムに加入させていただけることになりました。ひとり出版社になってみてどうだったかというと、出した本がバカスカ売れるものではないということが思った以上に身にしみました。
戯れにやっているリトルプレス「活字者(かつじもの)」は、かつて感じた本と雑誌への愛着を自分なりに発信していきたいと始めたもので、いうなればミニコミです。それを新宿・模索舎や中野・タコシェに置いてもらったり、文学フリマ東京などでブースを出して売ったりしています。文学フリマに集まる老若男女を見ているだけで、楽しいと思えるので、リトルプレス発行もしばらくは続けるつもりです。
動機は脆弱、方向性は曖昧、モチベーションは低空飛行の当社も、ただいまはラインナップの2本めを準備中です。ライターとしては自著の執筆中は楽しいし、編集者としては編集作業はワクワクするものです。これに出版活動が加わってときどきドキドキするのも、悪くないと思っている今日このごろです。