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「うるし」の本をつくりました

3年前、独立して実家のちいさな出版社を引き継いだ。
1980年に父の創った「舷燈社(げんとうしゃ)」から
2021年に「白船社(しろふねしゃ)」へと社名を変えた。

「白船」とは、民衆の乗る白木の船のこと。
じつはわが柏田家は代々船乗りの家系でもあって、
「柏」の字を分てば「白木」ともいえる。
そんなわけで、文化を運ぶ白船として「本で文化を伝え継ぐ」のが社名の趣旨だ。
ジャンルも変わった。
舷燈社時代は詩・俳句だったが、
代替わりした今は日本の伝統文化や手仕事が中心だ。

さて。ずっと温めていた本がようやく今秋できた。
タイトルは『漆と伝統』。
味噌汁やお雑煮ならおわんで。
日本人にとって「うるし」はそれくらい身近な存在だろう。
が、漆文化となると、意外と知られていないのではないだろうか。

そもそも、漆と人間の付き合いは古い。
なんせ縄文時代には今と変わらない技術レベルで漆を育て、
ものづくりに用いていたという。
にもかかわらず、素材にはいまだに謎が多く、
先人が編み出した技法は高度で複雑、歴史は深遠ときたもんだ。
理解しようにも一筋縄ではいかない(だからこそ面白いともいえるのだが)。

漆の本はじつに少ない。
かつて「漆聖」と称された漆芸家・松田権六氏の著書に
『うるしの話』があるが、これは60年前の出版。
令和の今にアップデートされたものが必要では?
というか、私自身、読みたいと思った。

じゃあ著者は誰に?
適役がいた。
研究者でも学芸員でもない。技術者だ。
この本の著者は漆芸家で、
漆芸技法「蒔絵(まきえ)」の人間国宝・室瀬和美氏。
この室瀬氏、すごいのは、
自身の創作と国宝などの文化財修理を両輪で手がけておられること。
いわば「作れて、直せる」漆のスペシャリストなのだ。
お父上も漆芸家で、幼少期から漆をさわること半世紀以上。
実際に漆にふれて、作品と対話を重ねてきたがゆえの説得力。
技術者ならではの知見で漆をひもとくことで、
漆の魅力を伝えたいと思った。

本書は読みもので、内容は5章立て。
素材・わざ(制作技術)・文化財修理・文化史・発信について。
66のトピックで、どこからでも読める。
私自身、ムズカシイ本を開くとすぐ眠くなるので、
この本ではそうならないようにと、
短いもので数行、長くても6頁程度の構成にしてある。

展覧会を見に行く際のハンドブックとしても役立てるように
小型で軽量な造本にした。
表紙は黒漆に金。
蒔絵をすくいとったような、美しい本にしたいと思った。
とはいえ、ガシガシ読んで使い込んでほしいとも願っている。
読めば読むほど小ネタが増え、教養豊かになれる、そんな本である。

ちなみに、聞くところによると、
ひと昔前の池袋界隈には漆関係の作り手たちが多く住んでいたという。
いわば、池袋「漆」モンパルナス、みたいな感じだったんだろうか。
かの松田権六氏は池袋在住で、室瀬氏も幼少期は池袋で過ごしたという。
かくいう弊社も池袋界隈。本書の印刷所も池袋。
はからずも、漆と池袋の不思議な縁に導かれて、
この本を作ったんじゃないか、と思ったりもする今日この頃。

ともあれ、漆文化は、日本だけでなく世界にとっても大きな財産。
本ができた今、古今東西にさらに広める道を探っている。

白船社の本の一覧

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