なぜ縄文の本を出すのか
困ったものだ、の縄文世界遺産候補
頭の痛いことに、「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」が、2020年の世界文化遺産推薦候補に選定された。
運よく世界遺産になれたところで、遺跡の値打ち自体は上がらない。保護、保存は進むかもしれないが、観光地化による弊害も予測される。
もっとも北海道・北東北の縄文遺跡群についていえば、土臭い遺跡とお堅い展示施設があるだけで、物見遊山モードの観光客をどれだけ満足させられるか大いに疑問だ。妙に宣伝して人が押しかけようものなら「三大がっかり観光地」なんてリストに「登録」されるのが落ちだろう。
近年とみに世界遺産への関心が高まっているのは、「観光資源にできるから」という面が大きいわけで、「金になりそう」というソロバン勘定と、「よその候補地に負けてはなるか」というお国自慢精神が、候補争いを盛り上げる。
私が初の著書『イヤイヤ訪ねた世界遺産だったけど』(新評論)を上梓した2000年代初頭は、世の中全般が「世界遺産って何? そんなものがあるのですか」てな塩梅で、「世界遺産」の4文字は金看板になるどころか、「いかにも」的な語感のおかげで胡散臭がられたほどだ。当時は、日本が世界遺産条約に批准してまだ10年にも満たなかったという事情もあった。
今や打って変わって、世界遺産は町興しの印籠さながら。しかしその一方、たとえば函館を見た場合、縄文遺跡の世界遺産登録を待望しているはずの関係者や市民が、どれだけ実際の地元の縄文文化の中身に関心を寄せているか、価値を理解しているかというと大いに疑問だ。
仮に市民をつかまえ縄文の話を聞いたとしよう。十中八九「さすがそういう町だけあって、市民は縄文について詳しいし、郷土の縄文遺跡に誇りをもっている」などと、聞き手を唸らせることにはならないと思う。みなさん「おらが町にも世界遺産」と、念仏のように唱えてはいるけど。
函館商工会議所なんてひどいもので、「世界遺産登録の審議には、地域の熱意も大きく影響します。地域の熱意を示すバロメーターである道南縄文文化推進協議会賛助会員の増加や市民レベルからの機運醸成が不可欠となっています」などと会報に堂々とうたっている。
一口千円の賛助会員を増やそうという魂胆かもしれないが、本当にこの言葉通りなら、世界遺産の審査自体、本末転倒と言うしかない。「地域の熱意」って何ですかね。まるでユネスコの世界遺産委員会は「権威を崇め奉り、一生懸命ひれ伏すところに、世界遺産の栄誉をくれてやる」って話に等しくはないか。
本当に保護や継承が目的なら、価値はあるのに地元は無関心、不熱心という物件を世界遺産に登録し、褒め殺し的に、保存に力を入れざるを得ない状況にもっていった方が、はるかに有効だと私は思う。
在野の縄文研究家の2作目を刊行
さて弊社では、地元函館の木版画家・佐藤国男さんの縄文本を刊行した。本年2月に電子書籍のみで刊行した『遮光器土偶は宇宙人ではニャーニャーニャかった』に若干手を加え、『タマと博士の縄文講座 土器と土偶の謎を解く』と改題した印刷本だ。佐藤さんは宮沢賢治童話の挿絵で知られるが、小学生のころから土器や石器の発掘をしてきたというくらい、在野の縄文研究家としても筋金入りだ。
しかしなぜ「縄文、世界遺産になるかもしれないブーム」に、ブツクサ文句を言いながら縄文の本を出そうとするのか。
まず前提として、「知りたくない、考えたい」という弊社の基本路線がある。偉そうに聞こえるかもしれないが、この言葉に共感いただける方々が想定読者層。また、知識欲旺盛な方々に納得いただけるほどの教養もないため、せめて身近なことを考えるきっかけくらい提供できれば、という謙虚な思いの表れでもある。
なぜか昨今、テレビでは、いい学校を出た芸人、タレントたちが、いい歳をして、学生服を着せられて、知識のひけらかし合戦に興じているが、今のネット社会では、表面的な知識なら、頭に詰めておかなくてもスマホを叩けば打ち出の小槌だ。知識なんて外部のストレージに任せておけばいいわけで、大切なのは考えることではないですか。思考力を鍛えておかないと、やがてAIにこき使われるのが落ちかもしれない。
そして本題の「なぜ縄文か」についてである。著者の佐藤さんによると、日本の考古学者たちは、「縄文の文様や造形は単なる装飾で意味はない」と、ほぼ口を揃えて言うそうだ。
一方、少年時代から縄文土器や石器の現物に触れてきたという経験をもち、木版画家でもある佐藤さんは、「縄文人が1万年もの長きにわたって刻み続けた縄目の文様が、何の意味ももたないはずはない。およそ世の中に、意味や思いとは無縁の図柄は存在しないだろう」と語っている。
探究心旺盛で、絵心もある佐藤さんは、土器や土偶の文様や造形の意味を知るため、縄文はもとより世界の考古遺物の図版や現物を観察し続けてきた。考古学者が何も語らない分、民俗学者の研究成果を紐解いた。白川静博士の遺した甲骨文字研究を入口に、古来わが国に大きな影響を与えてきた中国の文化にも理解を深めた。
こうして、小学生以来半世紀に及ぶ個人的縄文研究の末たどり着いた答えは、縄文の縄目文様は、縄文人が自分たちのトーテムであると考えた蛇を表すものであり、土器や土偶には、「トーテムである蛇と化した先祖の霊が、新しい命となって甦る」という縄文人の祖霊回帰の考え方が表されているというものであった。
また、この蛇トーテムのルーツは人類の発祥地であるアフリカであり、人々は蛇トーテムの考え方を携え、世界各地に散らばった。その各地で、蛇をモチーフに、縄文の土器や土偶とよく似た造形が営まれた。各地の神話世界から、蛇崇拝や祖霊回帰の考え方も読み取れるという。
佐藤さんは、世界の中で縄文を見ている。そして、世界に同様の文化が存在する中でも、縄文は何せ1万年以上、突出して長く続いた文化であるから、その遺物も突出して多い。だから縄文を研究することで世界の古代文化を知る手掛かりが得られるはず、と力説する。古代文化の「ビッグデータ」である縄文の図柄や造形を「単なる装飾」と決めつけてしまうのは、あまりにももったいない。
考えるきっかけとしての縄文本
佐藤さんは在野の一愛好家。「権威ある考古学者はそんなこと言っていない」と、佐藤さんの考えを否定することは簡単だし、たいていの人はそんな感じかもしれない。しかしバルカンやケルトの遺物と縄文の遺物に、似通った文様が存在するという事実を目の当たりにしても、「偉い先生が、文様は単なる装飾と言うのだから、別に気にする必要はない」でやり過ごしていいものか、と思うわけだ。
それぞれの文化の系譜をたどり、しかるべきバックボーンを共有しているのか、単なる偶然の一致なのか、自分なりに頭を働かせて考えてみてはどうだろう。
雲をつかむほど遠く離れた大昔のこと。いくら頑張ったって、おいそれと答えは得られない。だが、そうすることで視野は必ず広がるはずだ。有無を言わせないような結論に至れないのは、専門の学者にしても同様だ。
また、世界文化遺産推薦候補が北海道と北東北に限定されたことについて、縄文遺跡は全国にあり同等の価値をもつはずなのに、ということで異議もあるらしいが、佐藤さんの説にのっとれば話は至極明快だ。
北海道・北東北は、縄文でも飛び抜けて文化の栄えた地域だという。津軽海峡両岸から出土した遺物をよく観察すれば、この地域の技術の高度さがよくわかるし、大陸を追われた殷人が甲骨文字を携え渡来したと思しき痕跡もうかがわれるという。
世界文化遺産推薦候補になったことに、ソロバン勘定だけで浮かれているのは淋くないか。縄文時代の北海道・北東北で列島屈指の文化が栄えたのはなぜだったのか。それが今の経済社会で、なぜ首都圏や関西圏の後塵を拝しているのか、などという地域の命題を考える契機にもなり得るだろう。
そういうふうに「考える材料」として面白いし、誰もが気軽に思いめぐらすこともできる。そんな気がするから縄文の本を出すのであり、佐藤さんの原稿には、考えるヒントがぎっしりだ。
まあ商売であるから、ブームに乗じて売上を、という下心がないわけではない。本の表紙に「縄文を世界遺産に」なんてシャーシャーと刷り込んでいるのだから、われながら大笑い。
しかし、最終的に世界遺産登録を拒否されたとき、人々の縄文への関心は…と考えると、あな恐ろしや。世界遺産委員会によりいったん「不登録」と決議された物件は、原則として二度と候補には挙げられないらしい。弊社も早く売り切らないとたいへんなことになりそうだ。
ともあれ、『タマと博士の縄文講座 土器と土偶の謎を解く』を、本年11月11日に発売。どうか、よろしくお願いします。
(追記)
原稿を書き終えた後、2020年世界遺産登録に向けては、「北海道・北東北の縄文遺跡群」が見送られ、「奄美大島・徳之島・沖縄島北部及び西表島」をユネスコへ推薦する旨、政府から発表があった。各国の推薦枠は年1件に制限されている。
官房長官のコメントでは、「いずれも甲乙つけがたいが、自然遺産候補は文化遺産候補よりも優先的に審査対象にされるユネスコの方針などを踏まえ決定した」とのことであるが、基地問題でギクシャクしている沖縄の県民感情を少しでも和らげるためではないか、などと勝手に邪推する次第。だってそれなら文化遺産候補は、いつまでたっても不利なままじゃないですか、菅先生。
ともあれ、「北海道・北東北の縄文遺跡群」が、世界遺産候補としてユネスコに上げられる可能性は、2021年度以降となった。
まあ、早く上げられて、審査に落ち、将来がなくなるよりは、地元の夢がつながったともいえる。函館市の担当者は、「縄文遺跡群が持つ価値をきちんと訴え、世界遺産の登録に向けて頑張っていきたい」と語っている。そのためにも地元から、弊社新刊を愛読してもらいたいものである。