映画と本の互助関係
5月末、版元ドットコムさんに入会すると、毎日メーリングリストが届くようになりました。
6月5日の正午に届いた版元ドットコムNEWSは、昼休みに公園でランチをしながら読みました。「異業種から見た出版業界。」というタイトルに惹かれてリンク先をクリックしてみると、KuLaScipの田口京子さんが、大学3年生の息子さんと二人で出版社を立ち上げたことを知りました。
「会社としてはこの先も新入社員なんて採用できないだろうから助かる。しかし親としては息子に真っ当な会社に就職して欲しい。」という複雑な本音から始まる日誌です。
田口さんは、異業種から見た出版業界の驚きについて書かれています。出版業を始めたばかりの私も、田口さんの驚きに深く頷くものばかりでした。
毎日のように届く版元ドットコムのメーリングリストでは、ふとした疑問や悩み事を気軽に相談しあい、本気で助け合っている様子をうかがい知ることができます。出版社同士、競合他社として敵対視するのではなく、支え合う仕組みやサポート体制が整っていることは、新参者にはとりわけありがたく感じられます。
また、入会直後に版元ドットコム活用基本編、営業編のオンライン説明会に参加できたことで、直面している課題や疑問をその場で解決できたことも本当にありがたいことでした。刊行一ヶ月前のタイミングでしたが、説明会後の個別相談で受けた助言を実践してみたところ、図書館への配本や流通の経路を開拓することができました。事務局の糸日谷智さん、その節は本当にありがとうございました!
7月3日発行(20日発売)の刊行から4ヶ月経った今振り返っても、あの頃は本当にドキドキの綱渡りの日々でした。普段、パートタイムで2つの異業種の職場へ通う身としては、この先一体どうなるのか、移り変わる季節を感じることはできるのだろうかと予想がつきませんでしたが、今のところ生活スタイルを大きく変えることなく営むことができているのは、流通代行を本屋lighthouseの関口竜平さんが、取次を鍬谷書店さんが担ってくださっているおかげです。
春眠舎は、今年1冊の本、アーヤ藍編著『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』を刊行するために出版部門をスタートしました。
春眠舎が誕生したのは2016年です。もともとは、ドキュメンタリー映画の制作、配給を行うユニットでした。この日誌を書いている大川が監督を、プロデューサーを藤岡みなみさんがつとめ、『タリナイ』『keememej』とこれまで2作の制作、配給を二人三脚で行っています。
『タリナイ』には、『マーシャル、父の戦場 ある日本兵の日記をめぐる歴史実践』という映画のパンフレット代わりとなる姉妹本があります。私は編者という立場でこの本に携わりました。編集を担当したのは、当時、勉誠出版の代表取締役社長であった岡田林太郎さんです。岡田さんと知り合って10ヶ月後、岡田さんは突如退職を決意され、ひとり出版社みずき書林を立ち上げました。2018年のことです。先述の田口さんの日誌を読んで、2018年は、ひとり出版社元年と呼ばれることを知りました。
わたしたち春眠舎は、みずき書林の岡田林太郎さんから引き継いだ企画の本を刊行しました。版元資金となったのは、春眠舎で制作・配給した映画の上映料です。2作の映画が、1冊の本を生みました。というと、なんだかカッコいいです。映画と本が、創作の互助関係にあるなんて。でも、課題は山積です。やりたいこともどんどん増えていくなか、次作の映画と本の企画も心のままに進めています。
そして今、11/17〜12/14まで、東京・田端のユニバーサルシアター、シネマ・チュプキ・タバタで『世界を配給する人びと』刊行記念〈世界をとどける映画祭〉を開催中です。
初めて刊行した本から、映画祭が生まれるなんて。これまた夢のような企画が実現しました。しかも、すべての上映作品に、音声ガイドと日本語字幕がついています。(音声ガイドにはナレーション原稿及び字幕吹替台本の制作、キャスティング、収録、整音…と、いくつもの工程があります。チュプキさんの多大なサポートによる〈配給〉があって、ユニバーサル上映が実現します。)
ぜひ、この映画祭を通して、本と映画に出会っていただけたら幸いです。
『世界を配給する人びと』の音訳テキストデータも、映画の音声ガイドづくりを参考に制作してみました。春眠舎のオンラインストアでご購入いただいた方にも、ご入用の方にお届けします。
【音訳用テキストデータ】世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く
こんなふうに、ふたり出版社としての顔も持つようになった春眠舎の最近の議題は、もっぱら〈内職〉の話です。ひとり出版社の黎明期に独立したみずき書林の岡田さんも、2019年10月19日に「ひとり出版社の〈内職〉」という日誌を書いています。岡田さんは、大学の非常勤講師の仕事を〈内職〉としていました。授業準備や移動にかかる時間、毎週の講義に伴う体力、気力を考えるとかなり労力のかかる仕事ですが、「有形のものを得るためではなく、無形の何かを受けとるための〈内職〉」として、岡田さんは学生と出会える仕事をとても楽しんでいました。やったことのないことにひとまず首を突っ込んでみるのも、駆け出しのひとり出版社にとっては有意義なことかもしれない、とも岡田さんは綴っています。
わたしたちも、映画と本の互助関係を育みながら未知の世界を楽しんでいきたいと思っています。