「結婚の意味は結婚しなければわからない」
平日は仕事から帰って自宅で晩ご飯を食べ始めるのが10時、11時になることが多い。食べ終わったらすぐに片付ければいいものを、つい新聞読んだりテレビ見たりメールの返事書いたりシャワー浴びたりしちゃうと、深夜1時、2時になって「さあ、食器を洗わねば」なんていう羽目におちいる。そんなとき必ず頭の中で唱える言葉が“「家事は快楽だ」「食器洗いは楽しい」と宣言しちゃえ”という内田樹さん(合気道の師範として道場「凱風館」を主宰)の教え。
これ、いったいなんの話かというと、そもそも結婚生活において家事を夫婦で公平に分担することは不可能、だったら「自分は家事が大好きだ、こんな楽しいことを人にやらせてなるものか」と思うことにしちゃうのがいい、という結婚生活の極意のひとつなのでした。
ほかにも「7つの挨拶で家庭円満」「小遣い制は止めよう」「相手の話をちゃんと聞かなくてもだいじょうぶ」といった夫婦を円滑にするためのコツがいっぱい詰まった本が、今年7月に刊行してベストセラー街道を驀進している(当社比)内田樹さんの『困難な結婚』です。
すでに結婚している人だけでなく、結婚相手を探している、今の相手と結婚しようかどうしようか迷っている、といった結婚前の人に向けてのアドバイス──「迷ったら海外旅行」「結婚式はやったほうがいい」「お金がないから結婚するんです」などなど──も満載されています。
内田樹さんの結婚論という企画を提案するに至ったきっかけは二つあります。
ひとつは内田さんの『街場の現代思想』(2004年)に収められている「離婚について」がグサッと来たこと。
「人が離婚するのは、無意識的にではあれ、離婚することを前提にして結婚生活を営んでいるからである。」
結婚を解消するかどうかでちょうど悩んでいた僕と当時の奥さんには思い当たりすぎて、この言葉は胸の奥深くにグサグサと突き刺さってきました。細かい事情は書けませんけど、「あ〜だからダメだったのか⋯⋯」とじつに納得してしまったのです(遅すぎたんですけど)。
もうひとつは、2回目の結婚の際、内田さんからいただいた祝辞に深く感動したこと。じつはこの祝辞は本書にもまるっと収録したのですが、
「結婚生活を愛情と理解の上に構築してはならない」
というものです。えっ、愛情が要らないって? と不思議に思われるかもしれませんが、この言葉は本当に深いです。
「自分にはよくわからない人といっしょに暮らせるということが結婚のおもしろみなんです」「『よくわからない人』がいつも自分のかたわらにいて、いっしょにご飯を食べたり、しゃべったり、遊んだりして、支えが欲しいときには抱きしめてくれる。そのことの方がずっと感動的じゃないですか」などとともに、著者の結婚観の根幹を成す至言だと思います。
披露宴会場で(内田さんの教えのとおり、2回目はちゃんとした式をやりました。あんなに良いものだったとは)この祝辞にうんうんと頷いている既婚のお客さんたちを見ながら、これはもっと多くの人と分かち合わねば! という思いがムクムクと湧いてきたのです。
まえがきにあるように、紆余曲折があって(単純にグズな編集者がいけないんですけど)世に出すまでにずいぶんと時間がかかってしまいましたが、幸い「結婚したくなった」「相手がいやがっていた結婚式をやることになった」「結婚生活が楽になった」と、多くの方がポジティヴに読んでくださっていて、うれしいかぎり。長く読まれ続ける本になりそうです。
「結婚観の根幹を成す」と書きましたが、同時にこれは著者の人間観、社会観をよく表してもいます。世の中には「よくわからない人」で溢れているわけで、だれもがそのことを「おもしろい」「ありがたい」と思うという心構えを持って暮らせば、社会全体がずっと風通しのよい、深い呼吸のしやすいものになるはずですよね。
そしてなにより、この本の言葉を文字通りそのまま実践している内田さんが、いつも明るく機嫌良くしてらっしゃることだけでなく(いらちなのは措いといて、不機嫌な内田さんというのをいまだかつて見たことがありません)、周りに集まってくる合気道のお弟子さんや僕のような編集者、ライター、研究者、能楽師、建築家などなど、ありとあらゆる誰もかれもが、内田さんと同じ場にいるといつもとても活き活きとして笑いに包まれていること、さらには内田さんの道場では門下生同士の結婚が相次いでいること、それがこの本の説得力と効力の証しです。
結婚(する・続ける)のノウハウを語った本は、星の数ほどありますが、この『困難な結婚』ほど、深いところでよく「効く」本はありません、と断言してしまいましょう。タイトルは一見あんまりおめでたくありませんけど、結婚のお祝いにもぜひお使いください。いつかきっと喜ばれるはずです。