編集余滴
わが社は2003年3月3日設立ということにしているから、もうすぐ創業17年ということになるが実態はほとんど女房と二人だけ、つまり「会社」ではなくむしろクラブ活動みた為体(ていたらく)。余所目にはいい気なもんだと見えるかも知れないが、実際いい気分でやっている。
1600年も前「稱心固為好」(心に稱〈かな〉うを固〈もと〉より好〈よし〉と為〈す〉)と歌った詩人(陶淵明)にならったわけではないが、「吾生夢幻間」(同)はなんびとも逃れ得ない真理。世俗に拘わることなくこれと思う事にのみ時間を割き体をあずけることにしていて、それはわがブログをちょっとご覧いただいてもお判りのことだろう。
このいわば贅沢な往き方はバブル期の出版に大きく掉さしたことへの反動で、数字すなわちサーキュレーションやセールスは一面どうでもいいと思ってしまい、当然悔悟も呼び込むが、流儀はいまだ続いている。
昨今はデジタル印刷で150部を基本とする極少部数出版を専らとしていて、その半数以上は自費出版の詩集。デジタル出版やオンデマンド出版、クリエイティブ・コモンズまで手掛けられればとは思っているものの、執筆や講義、独り住まいの認知症の従姉のケアもあって、いまのところはこれが精いっぱいである。
以前出していた定期刊行物『季刊Collegio』の連載のまとめもあり、現在またその一つを編集中だが、作業中いつも思うのは、出版物の「出来」はその編集過程とりわけ校正校閲プロセスにあり、まともな本の見分けには索引の有無が指標となるということ。
形式上索引が付いていなくとも、校正校閲が尽くされていれば、本のすがたかたちそして中身さえ意味のあるものとなる。つまり、そうでないものはナンセンス本である。古希を過ぎてナンセンス本を手掛ける気持ちは、いまさらない。しかし一般に、外校正を経てもなお誤記誤植と無縁ではない。さすがみすず書房は、刊行後に判明したそれをホームページで公表している。ひとつの師表と言うべきだろう。
さて、仕事はいい気でやっているが、戦後ベビーブーマーのひとりとして老化は如何ともし難い。健康診断では毎回「問題なし。めずらしい」と言われるが、物理的に体のあちこちが不如意で、腰痛もちでもある。
朝起き抜けのヨガ式自己流ストレッチはもう何十年と続けているが、腰痛で救急入院したことをきっかけに腹筋を中心としたフィットネスを加え、腕立て伏せとスライド(左右)スクワット各60回(30×2)も、余程のことがないかぎり日々欠かさない。
編集業務といえども身体が基礎である。食材も選び、食事にはまず生野菜を一山咀嚼する。記憶がなくなるまで呑むことを良しとしていた戦後派流の酒も間遠に、現在ではもっぱら紅茶のアールグレイに親しむ。ペットボトル茶は断って、一昨年からステンレスボトルに淹れたものを持ち歩いている。この国の農薬基準は緩すぎ、一般の日本茶葉、とりわけ抹茶は国際的に通用しないからである。
さらに感染症蔓延巣ごもり奨励以降、有酸素運動に疎遠となりがちのため、階段昇降も併行することにした。幸いすぐ近くの駅ビルはお手頃で、1階から紀伊国屋書店のある8階まで175段ある。これをマスクをつけて毎日速歩で上り下りする。地下1階からだと200段だが、いずれにしても100段手前で息が切れる。70を過ぎて、少年時代のアスリートの感触が少しよみがえった。