子育て目線と人文科学
ミツイパブリッシングは北海道旭川市に拠点を置く出版社。なんでこんな北の果てにいるかと言うと、3.11をきっかけに生まれ故郷にUターンして起業したから。
それまでは東京のいくつかの出版社で編集者をしていた代表・中野と、イラストレーターで公私のパートナーでもある三井ヤスシのふたりで、こぢんまりと回している。
これまで出した主な本は、原発事故避難者の講演録『父の約束 本当のフクシマの話をしよう』
薬物依存症回復施設のノンフィクション『福音ソフトボール 山梨ダルクの回復記』
お産と看取りがテーマの『家で生まれて家で死ぬ』
北欧の教育現場がよくわかる『みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略』
三砂ちづるさんの『少女のための性の話』
など11タイトル(他に小冊子が2タイトルある)。
ラインナップを眺めて北海道らしさもどこにもないし、脈絡ないかなあと思うときもあるけれど、「子育て目線」と評されたことがある。確かに『父の約束』は小学生の息子さんへの誓いだし、北欧の教育も日本の教育への問題提起。『少女のための性の話』は「性教育のいい本がない」という友人のぼやきから生まれた企画だ。
スウェーデンの『みんなの教育』からトランスビューにお世話になって、発行部数はまだまだ少ないけれど全国どこからも注文いただけるし返品も少ないし、本当によかったと、ことあるごとに感謝しています。
本の編集者にもいろんなタイプがいる。かつて「三度の飯よりゲラが好き」という人がいたけど私は口が裂けてもそうは言えない。
個人的にこの仕事のおもしろさのピークは、著者との出会い。昔はバンバン著者に会いにいったものだけれど、起業以降は年齢なのか、北の果てにいるからなのか(たぶん両方)、偶然のつながりで企画が始まることも多い。
今年1月に2冊同時刊行した『多様性のレッスン』
『自分がきらいなあなたへ』
の著者、安積遊歩(あさかゆうほ)さんとの出会いも偶然のパターン。
上に紹介した小社の刊行第一作『父の約束』の著者、中手聖一さんから「紹介したい人がいる」とつないでいただいたのが、遊歩さんだった。
中手さんと遊歩さんは同じ福島出身。遊歩さんは障がいをもつ当事者の立場で、中手さんはいわゆる支援の立場で、障害者自立運動を創りあげてきた仲間でもあった。札幌に避難移住した中手さんが介助サービス事業所を立ち上げていた縁で、ニュージーランドに原発避難していた遊歩さんが札幌に定住したのだ。
そうして生まれた企画が、ピアカンセラーでもある遊歩さんと、愛娘である宇宙(うみ)さんの共著『多様性のレッスン』。そして障害者運動のレジェンドとも、きら星とも呼ばれる遊歩さんが10代向けに綴った自伝エッセー『自分がきらいなあなたへ』も同時発売に踏み切った。
北海道に戻ってきていなければ、きっと生まれなかった企画だった。
これをきっかけに、ニュージーランドで大学生活を送る宇宙さんの留学記「なつかしい未来の国から」を小社のウェブマガジンで連載している。再来年に書籍化の予定だ。
ある著者に「Humanitiesをやればいい」と言われたことがある。不勉強なので「いやいやとても……」と返したのだったが、専門書ではないけれど、やりたいことはそれかもしれない。
課題は専らどう売るか。安積遊歩さんの場合はNHKで番組放映予定があったので(7/23放送「ハートネットTV「母から娘へ~いのちと尊厳のバトン~」)、とにかくウェブで力の限り情報を発信し、特設サイトも作ったりした。障がい当事者、ご家族だけでなく、生きづらさを感じている方にはぜひのぞいてみてほしい。おすすめは宇宙さんのインタビュー記事「自分だけがラッキーだってことにしたくない」。
なお出版社としてのキャッチコピーも一応あって、「小さい声をカタチにします」。
小さい声を大きなカタチにしていくために、今日も試行錯誤の日々である。