再販制度って必要なの? 必要なら出版社は何をすべき?
6月末、日本ジャーナリストクラブ(JCJ)出版部会主催の例会(勉強会)に参加しました。
小社は会員ではありませんが、『出版ニュース』の清田義昭さんが講演されるとのことで参加したしだい。
『出版ニュース』は惜しまれながら2019年3月に休刊しましたが、小社は足を向けて眠れぬほどの恩義を感じておりました。というのも、2013年のころから創業以来、刊行した30余点のすべてを紙面でご紹介いただいたのです。
大事なことなので、繰り返しますね(笑)。ころからの本、そのすべてを紙面で紹介くださった世界唯一の媒体が『出版ニュース』だったのです。
さて、会場に用意されたレジュメに目をやると「『出版ニュース』編集50年——いま出版界に大切なこと」とありました。
「ほぉー、『出版ニュース』は50年も続いたのか」と思いきや、なんと清田さんご自身の編集歴が50年で、『出版ニュース』は前身から数えると80年近い歴史とのこと。そして、偶然にも清田さんの入社年は1967年、すなわちわたしの生まれ年なのです。
かたや、わたしの出版業界歴は10年ちょっと。40年もの経験値の差がある状況で講演を拝聴しました。
その中で、清田さんが「いちばん強調したいこと」として、「再販制度についての議論が必要だ」ということを話されました。
再販制度とは、本・新聞・音楽CDなどの著作物とタバコのみに適用されるもので、出版社などのメーカーが価格決定権をもっていい、というものです(「再販」という用語から「委託販売」と混同されがちですが直接の関係はありません)。
本来、国内で流通するあらゆる商品は、独禁法によってメーカーが小売り店に対して売価を強要してはならないとされていますが、本や新聞はその規制外にあるのです。
公正取引委員会(公取=内閣府の外局)は1990年代に再販制度の見直しを出版業界に迫りましたが、2001年に「当面存置」との判断になり、それ以降は業界の内外でほとんど議論されなくなりました。
なので、2010年代も終わろうかといういま、業界歴半世紀の清田さんが「いまこそ議論が必要」と訴えられたのは、新鮮な驚きでした。
そこで、業界歴が清田さんの5分の1であるわたしこそが、その提言に敬意を表し、議論の口火を切るべく質疑の時間に発言したしだい。
「わたしは再販制度は不要だと思っています。しかし、小社も再販制度のなかで商売しています。であれば、どうやって再販制度を維持できるのか? この観点からの議論が必要ではないでしょうか? 具体的に言います。出版社は、書店に対して価格拘束する権利があります。であるなら、書店の粗利拡大(具体的には30%以上)と出版流通の健全化の責務は、出版社にこそあるのではないでしょうか?」
ここで、一息つきました。わたしの再販制度の理解が正しいのか、心許ない部分もありましたので。が、清田さんは「うん、うん」とうなづいてくださったので、思い切って続けました。
「小社は、トランスビューとの協業で書店と直取引をしています。これによって書店の粗利を30%以上にしています。また納品にかかる流通経費は全額出版社負担です。自動配本をしないので返品送料は書店に負担いただきますが、小社の実質的な卸正味はざっと58%といったところです。ですので、書店の存続を望み、出版流通の破綻を防ぐには、取次経由の出版社も卸正味を55〜60%にする必要があるのではないでしょうか? その前提あってこそ価格拘束する側にも『再販制度維持』の主張が可能になると考えます」
ふーっ。なかなか緊張しました。
さて、このあと、会場がどうなったか——。
その前に、お知らせです(笑)。
じつは小社は書店との再販契約を結んでいません。ですから、ころからの本については、書店は割引販売が可能なのです(もちろんプレミアム価格での販売も可)。
であれば、「小社は再販制度に与しません。値付けは書店の自由です」と世間に向けて宣言できるでしょうか?
わたしの答えは「否」です。
なぜか? それは多くの書店が、本に特有の通称「2段バーコード」に頼っている面があるからです。本のカバー裏面(表4と呼びます)には2段バーコードが印刷されています。ほかの商品、たとえば「きのこの山」のパッケージには、商品情報(JANコード)のバーコードしか付いていないのに対し、本のバーコードは上段に商品情報(ISBN)、下段に価格情報が埋め込まれているのです。
ですので、書店は自ら売値を決める手間も値札を商品に貼る煩わしさもなく、レジで2段のバーコードを読み取ればいいようになっているのです。このような現場で、「売値は自由なので価格表記しません。もちろん1段バーコードにします」とした場合、レジにおける混乱は避けられないと思います。
これが、小社は書店との再販契約を結んでいないにも関わらず、清田さんへの質疑の冒頭で「しかし、小社も再販制度のなかで商売しています」と発言した理由です。
さて、回り道をしましたが、さきほどの清田さんの講演会場に戻りましょう。
清田さんは、わたしの発言に対して「木瀬さんも、そのようなことを外に向けて発信していく必要があるでしょう」とレスポンスくださったので、「もちろんこの場以外でも言っています」と返答しました(そのひとつが、この版元日誌です)。
しかし。
その後、会場からあがった声の多くは再販制度と関係のないものでした。「業界を去るいまこそ言いたいこと」として、「再販制度の議論が必要」とおっしゃっているのに大丈夫なんだろうか、気の小さいわたしはハラハラしました。が、規定の時間となり会はお開きに。
結局、再販制度について議論はなされませんでした。
会場からの帰り道に思ったのは、参加者の多くは「アマゾンなど大手書店に割引販売させないために再販制度がある」のであって、なにも「出版社側が身を切る改革によって再販制度を維持しようなんて議論がしたいんじゃない」ということだったのではないかということです。
ただ、そうであれば「出版社の卸正味が55〜60%でないと、売値を自由に決められない書店や流通はやっていけない」とのわたしの発言に対し、「それじゃ、出版社が潰れるよ」との批判があるべきでした。
取次経由の出版社の多くは67〜75%という卸正味で商売していますから、「実質卸正味58%」では15〜20%の「儲け」が吹き飛ぶことになります。でも、その「特権」にあぐらをかいてきたから、いまの流通危機、そして書店の厳しい状況があるのではないでしょうか?
そんな議論が必要です。
書店に善きことは出版社にも善きこと。「情けは人のためならず」とも言いますが、公取の「お目こぼし」(当日参加者の声)でもある再販制度を「盾」にするだけでなく、業界の未来を射抜くための「矛」として活用する——それこそが「出版界に大切なこと」ではないかとの気づきを与えられた90分間でした。