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「アウトサイダー」から「マイノリティ」へ

2014年5月1日に旅と思索社を創業してから、早いもので5年。奇しくも平成から令和へと変わったその日に、当社も創立記念日という大きな節目を迎えた。

 前回、この「版元日誌」に原稿を寄せてから、2年近くの月日が経つだろうか。ちょうど前田将多さんの「カウボーイ・サマー

を刊行してすぐのタイミングだったと記憶している。
 今回、事務局からふたたび寄稿のお誘い受けた。そこで、会社5年間の総括をさせていただくことにした。できるだけ赤裸々に記したいと思う。参考になれば幸いである。

 まだ決算の締め処理をしていないので概算ではあるが、今期の売上は700万円であった。第1期目の売上が410万円だったから、この4年でおよそ70%もの売上増加だ。
とはいうものの、内実は2期目640万、3期目550万、4期目520万とばらつきがあり、右肩上がりにはなっていない。これまでの最高売上額の2期目を上回ったものの、かろうじて9%強の増加である。
利益は3期目に20万円ほどの単年度黒字を出して、ほっとしたのもつかの間、意気込んで作った新刊の制作費が思いのほかかさみ、個人からの持ち出しで賄ったりしたものの、経費を上回るだけの売上と利益の伸びが今ひとつだった。結果、財務状況が悪化、前期の4期目は一転して債務超過に陥ってしまった。
今期は、売上上昇に加え、経費をできる限り切り詰めたことで、債務超過だけは何とか免れそうだが、来期はどうなることか。

今期売上の内訳は、以下の通りである。
  書籍売上――460,000円
  自費出版――1,500,000円
  商品売上――2,450,000円
  業務受託――2,600,000円

「書籍売上」の比率は実に7%に満たない。仮に「自費出版」を加えたとしても30%弱。売上の多くは、そのほかで賄っているのが実情である。
この5年間でいえば出版点数は全8点。多くはない。そのうち2点は自費出版である。
しかも、この中には私が自ら編集人となって発行する「人生と道草」シリーズが3点含まれている。
 「人生と道草」シリーズは、わたし自らが編集人となって、毎回そのときの思いつきで始まる道草の旅をワンテーマでまとめた、自社有代PR誌のようなものである。
創刊号は道のり30キロの自宅までの飲み歩き、2号は山谷のドヤ暮らし、3号は渋滞交差点への巡礼という、自らが表現を楽しむ完全な道楽本で、印税不要のうまみも味わえる夢のような媒体である。しかも後から分かったのだが、「文学フリマ」や「本のフェス」「ブックフェスティバル」などのイベント販売と相性がいい。
けれども、メインストリームの出版ではないと自他ともに認めるところがあり、少し距離を置きはじめている。
現在、1点の自費出版が進行中だが、こちらはもう少し時間かかりそうである。そのほかに進行中の企画出版が3点ある。ここが本来わたしの目指すべき出版の根幹である。いずれも遅くとも2020年中には完成させたいと思っている。
自費出版の比率を上げるのは目先の経営としては賢明なことなのかもしれないが、たいていの場合は書店で流通させたいという著者の意向が強いから、結局は「自分のつくりたい本だけしか出さない」という、わたしの思いに沿わない本も必ず出てくる。だからよほど共感できることがない限り、今後も熱心になることはないと思う。

 特に大きな比率を占める「業務受託」。メインの顧客は、50年以上もの刊行実績がある趣味系月刊誌の版元である。受託といっても、社員と同じような勤務形態でお手伝いさせていただいている。
電話注文から、毎月の部決、定期購読者の管理、書店フォロー、書籍編集制作など、雑誌編集以外のすべてに携わる。
同業他社で人手不足をサポートしながら経験を積み、その傍らで自分の業務も遂行できるというメリットはあるものの、雑誌版元を取り巻く状況は知ってのとおりである。厳しい売上の中から費用をいただくことに、わたしはとても複雑な思いを抱き続けている。それで新たな選択をしたのだが、その話は後ほど。

「商品売上」は昔、しゃぶしゃぶ店送迎バスのアルバイトで知り合った医療コンサルティング会社の経営者からいただいている、クライアントの病院・クリニックで使用するパンフレットや入院案内、ホームページの制作・保守などの仕事がメインである。
通常、印刷所では外注扱いになる文章の校正・校閲のほか、場合によっては文章作成などもわたしが面倒見るので、この数年で仕事が増えて重要顧客となっている。
医療コンサル系の仕事の肝はやはりコストダウンだ。当然、わたしに回ってくる仕事もシビアなコストを要求される。それでも、お客様に満足していただきながら、必要な利益を確保する努力が報われているのは、内製化と業者ネットワークのおかげである。

以上、これまでの軌跡と取り組みについて経営者風情を装い書いてきたが、これまでの数字を見て、みなさん既に気づかれていらっしゃると思う。
「給料なんてほとんど出ないよね」
そうなのである。食べていけない。仮に給料を手取り20万支払ったとして、社会保険・厚生年金をはじめとする経費を合計すると、300万くらいは必要になる。700万弱の売上では、売上高に対する人件費比率が4割を超えてしまう。もちろん、そんな給料は払えないに決まっている。
だから、わたしはアルバイトに精を出す大学生よりも、おそらく簿給である。
頼りは取次関連会社に勤める妻の正社員給料と、同居の父親の年金。自分が社会人1年目に契約した利率のいい年金保険の契約貸付金にも手を出したが、昨年夏にほぼ使い果たした。

だからこの5月から心機一転、無理のない範囲でダブルワークをすることにした。
昔、1年半だけお世話になったバス業界で乗務員として新たに口を糊する。社員ではなくアルバイトという立場ではあるけれども。
もちろん、バス業界は許認可事業だから働く側も正社員と同様の条件、責任がある。それでも、旅と思索社の懐を痛めることなく個人の生活費にゆとりを与えることで、精神的な不安や負担から解放されるほうが何よりもメリットが大きいと決断した。早ければ5月中に研修を終え、6月からは週2回ほど、夜間から深夜の企業送迎に従事する予定だ。
先日、研修で15年ぶりに12メートル近くもある大型バスのハンドルを握り、街に繰り出した。昔取った杵柄は身を助くことを心から実感した。
でもこの話を周りにしたところ、わたしの「変節」ぶりを嘆かれてしまった。
「どっちつかずになるぞ」
「借金してでも出版を続けろ」
「もう、出版やめたら?」
けれど、わたしはいたって冷静である。これまでの軸がぶれたわけでもない。むしろ本づくりにとってはプラスになるとさえ思っている。世の中をより多面的に捕らえる貴重な体験ができる、なんと素晴らしいチャンスではないか!
編集のように持ち越す作業はない。酒の量も減る。仲間も増える。時間は自分次第でどうにでも生み出せるものだ。
最後の決め手はどちらも同じくらいわたしが情熱を注げるという、一点に尽きる。でも事故にだけはじゅうぶん気をつけなければと、思う。

そして「旅と思索社」も次の5年に向けて、初めて商工会経由で借金を申し込む予定だ。どれだけの金額を借りられるかは不明だが、使っても使わなくても借り入れをしようと思っている。信用を築くための施策である。
言うまでもなく、本づくりは先行投資である。そのための原資は出版を生業とするならできるだけ毎月の売上精算からねん出したいところだが、そのサイクルをはなから放棄している当社ではそうはいかない。
個人の生活を独立採算で安定させながら、会社の方もいざという時、借金した金で制作費の不足を補い、経営の安定を図る。皮算用だがこんなことを考えている。

 前述の「人生と道草」の第2号

で、わたしは山谷のドヤで1週間暮らした。変わりゆく街を目の当たりにし、そこに暮らす人びとの声を聞くことに必死になった。見えてきたのは、わたしたちには、一生、見ることも知ることもなしに通り過ぎてしまう、時代とともに忘れ去られてしまうことがあるという現実だった。
高度成長期に必要とされながら、それが終われば一方的に居場所を奪われる人びと。仲間とともに肩を寄せ合い、余生を送る街が東京に存在するという驚き。
そんな場所が縁で、さまざまな人びとと出会い、みずから足を運び、話を聞きながら強く感じたこと――わたしが出版社としてなすべきことは、このような見えない小さな世界を書き留めることなのではないか。そのような思いが日増しに強くなっていった。

前回の「版元日誌」の寄稿の最後に、「ひとりアウトサイダー出版社」としてチャレンジしていくと記した。本づくりの経験値の低いものが「出版」という一見、居心地のよい世界にひとたび浸かってしまうと、自分などは見せかけの世界で生きようとして、本づくりの本質を見失なってしまう気がしてならなかったからだ。そして5年、時間はかかったが、ようやく何かが見えてきたように思う。
 マスメディアとしての使命を半ば放棄し、見過ごされている世界に目を向け、自分なりの方法ですくい取り、ようやく見えてきた世界。
 この数ある多様な世界を切り取るためには、わたし自身、少数派であることが必要なのではないか。
これから次の5年は、「マジョリティ(社会的多数派)」として傍観しているもう一人の自分と対峙しながら、「マイノリティ(社会的少数派)」の出版社として一歩足を踏み込み、本をつくる意味を追い求めていきたい。

 果たして、5年後はいったいどんな世界になっているのだろう。そしてわたしはどんなオッサンになり、旅と思索社は相変わらずなのだろうか……。興味は尽きない。

旅と思索社の本の一覧

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