トーハン・日販との新規口座開設記
前回の版元日誌から今までの間の、いちばん大きなトピックはなんだろうと考えて、やっぱりこれかなと思うので、2年前のトーハン・日販との新規口座開設の顛末を書くことにします。
金木犀舎(きんもくせいしゃ、と読みます)は2016年にひとり出版社として創業。それまで東京の出版社に勤めていた私は、地元の兵庫県姫路市に戻って、子育てをしながら自分の部屋で、ひっそり出版業を始めることにしました。だれにも邪魔されずに企画・編集・装丁・組版をひとりっきりで全部やりたいというのが当初の最大の欲望でした。
これまでの経験から、私のようなどこの馬の骨かわからない個人事業ではトーハン・日販との契約は絶対無理だと知っていたので、知り合いのツテでJRCを訪れました。当時、まだ社長をされていた後藤氏から優しい口調で「2〜3冊出して終わりの人が多いから、それだと困る」という話を聞かせていただき、「私も2〜3冊で息切れするかもしれないからお願いできない」とあきらめました。
覚悟を決めて、1作目の本は直取引で出版しました。直取引のみの出版社にも勤めていたことがあるので、しんどさは百も承知でした。ひとりで地元関連本を制作して、地元の印刷所で1200部印刷して、本とポップを片手に姫路界隈の書店へ片っ端から挨拶にまわりました。
幸運なことに、発売日当日に地元の神戸新聞にどでかく扱っていただいたおかげで、書店さんも「いまどき出版社始めるなんて物好きやな。つぶれるで」なんて言いながら仕入れてくださって、なんと1週間で1200部の在庫が底をつきました。調子に乗ってスタッフを1人雇い入れ、2作目からはJRCと取引してもらうことにしました。
少しずつ出版物を増やしながら編集プロダクション業で食べていたところ、編プロ業務が大変順調で、スタッフも4人に増えて2020年7月に法人化に至りました。
新規口座開設についてのトーハン・日販の壁の高さはこれまであらゆる方面から聞こえてきており、私ごときが寄っていってもハエを追い払うようにシッシッとされると思いましたが、株式会社になって、一応交渉する資格は得られたので、気持ち的に勢いづいている今のうちにとりあえず一度チャレンジすることにしました。
なんのコネもありません。1万部とかのヒット作も出ていません。もちろん資金も全然ありません。金木犀舎の推しポイントといえば、出版した本がみんな新聞や雑誌やテレビ(ローカルがほとんどですが、ちらほら全国区のものも出てきていました)で取り上げられていることぐらいでした。
最初に連絡をとった日販は、とりあってくれませんでした。
次にトーハンに電話をかけると、なぜだかわかりませんが、あっさり会う約束ができました。
資料をたくさん作って、緊張しながらトーハン本社を訪れると、(厳しい条件もたくさんありましたが)和やかに対応していただき、その場で「前向きに検討しましょう」と言ってもらうことができました。
……あれ? なんで?
シッシッされるイメトレを念入りにしていたので、ポカーンとしながら帰りました。噂ってこわい。
会社に戻ってから改めて日販に連絡をして、トーハンが新規口座開設の方向で動いてくださっていると言うと、日販もすぐにオンラインで面談をしてくれました。
当たって砕けるつもりだったのにスムーズに進んでしまったため、ここにきて私、悩みはじめました。条件的に資金繰りが厳しくなるのは明らかです。本当に契約してだいじょうぶなのでしょうか。この先もスタッフ4人の給料を払えるんでしょうか。
改めて業界の諸先輩方に相談しました。「新規口座開設を進めていいのか悩んでいます」と。そして、相談したすべての人に「本当にトーハンと日販が契約してくれると言ったの?(勘違いしてない?)」と確認されました(笑)
最終的に、ポット出版の沢辺さんに「なんだかんだ言ったって、せっかく向こうが契約してくれるって言ってるんだから、条件がどうであれ、しないっていう選択肢はないでしょ」と言っていただいて吹っ切れました。
その後、かなり日数はかかりましたが2社とも無事に契約が完了。
2年経った今、ざっくりまとめてみるとすれば、
・新刊の流通量は格段に増えました。そのぶん、返本も増えたし、倉庫代も増えたので、費用がいろいろかさみます。
・書店営業がとってもやりやすくなりました。
・JRCだけだったときより、資金繰りは明らかにしんどいです(ので、新刊の委託と注文を使い分けてなんとか回しています)。
・出版希望の持ち込みは、だいぶ増えました。
・トーハン・日販ともに、嫌な対応をする人に会ったことはないです。ほんとに。
悲喜こもごもありますが、全体としては、口座開設できて本当によかったと思います。
4月中旬に発売したばかりの新刊はチームラボの本です。
これもトーハン・日販との口座があるから実現したのかなと思ったり思わなかったり。