自分の頭のハエを追え
二つの会社勤めを経て、独立した。もう18年経つので、「馬齢を重ねる」という言葉こそ相応しい。
独立の理由は、拾ってくれた会社に実績を残し、次の舞台で飛躍!とかでは、・・・勿論、ない。冷や汗ものだが、準備もない中、食うには困らないだろうとの楽観論のまま二人でスタートを切った。
既に出版界の売り上げが下がり始めて数年経った頃だ。最初の2年は売上を確保できても、その後が厳しかった。本を出すにはすべての面で足りなかった。「カネ」「頭脳」「こころざし」に難ありだ。かろうじて企業、団体の機関紙、情報誌は性に合い数点程刊行できたが、種まきに時間がかかり過ぎる。一方出版営業は縁あって今日まで続いている。書店は、「営業はひと様の時間を奪う」という世間知を教えてくれた現場だ。企画のキャッチボールに役立っている「話の引き出し」もここで鍛えられ、増えたようだ。かろうじてやっていけたのは、何でも楽しめる能天気な気質も功を奏したのかもしれない。
カミさんは、最初こそ「何とかなるんじゃない」と背中を押してくれた。しかし、現実は給料に反映されるので、段々むくれてきた。がけっぷち、甲斐性がないという言葉がもたげる。映画「寅さん」の中で、隣の朝日印刷所のタコ社長がコケにされ、「いいか寅、てめぇなんかになあ、中小企業の経営者の苦労がわかってたまるか」と鼻水を垂らしながら啖呵を切る場面がある。自分をその身に置いてみてタコ社長の嘆きが身に染みる。
いまでは、版元ドットコムの方々、世の中の個人事業主、ちいさな企業の社長さんの凄さ、偉さが分かる。だから、年齢性別に関係なく、独立して頑張る人には心から尊敬の念を抱く。
経営は総合芸術、社長の器次第と説いて下さる方がおられるが、そうでしょう。世の中の動きを見極め、社員、取引先に付いてきてもらえるように人格を磨き、お金の算段をするのが社長の仕事。まるで、スーパーマンだ。
しかし、ワタクシと言えば、売上より利益だ!とビジネス書に目を通すが、いかんせん人生の残り時間とそもそも己の才覚の限界が見えている。「顧客の創造」とか「まずヒトだ」という教えは、人並みの苦労を知った身として実感できるが、実行まで持っていけないのだ。やはり人間としての器がノミのように小さいからだろう。ワタクシはチイサイヒトナノダと、・・・思い知った。
ついでに、妄想話も書いておきたい。
才覚のないワタクシでも仕事が続けていられるのは、業界が懐の深さをまだ残しているからかもしれない。多種多様な本を生むべく、ヒトという動物がうごめいている場。できれば、この多様性を受け入れる包容力を保持して欲しい。いま、実績を持たないスタートアップの出版社が本作りだけで生き残るには、更にハードルが高くなってきた。今後、システムとして過去データを基にした本が優先される流れは更にバージョンアップされる。でも、でもだ。小さくても、大きくても、右も左も、白も黒も、蓋をせず、ある時は挑戦的な書籍が創造されるのが本の魅力。課題先送りの風が見られる世の中だが、まだまだ一石を投じる本は生まれるのだ、これからも。大きな出版社でも、できたばっかりの小さい会社のぶっ飛んだ企画で負ける世界は痛快だ。お国に踊らされないためには、事実を伝えてくれるルポは武器だ。知らないことがあまりにも多いバカ者だと気づかされる専門家の本の魅力は代えがたい。そして、AI配本では弾かれるかもしれない素晴らしい装丁の本。これが棚に残っている書店風景とその棚に感動を覚える読書人がいれば、どうにか大丈夫だ!ニッポンと、言い続けられる。
ワタクシと言えば、柄に合わないヘイワの呼びかけより、年を食ってもゼイキンを払い、その使い方にたまにはもの申したい。いやでもそのうち、頭はさびつく。足腰が弱くなる。生涯現役の仕事を自ら作って、その日の稼ぎで一杯のお酒が楽しめればいい。と、聞いた風に恰好つけたいが、このハードボイルドは実行のハードルが高い。でも、その方が楽しいだろう。
こう書いてきて。カミさんに同意を求めたら、一蹴サレタ。「借りて来た言葉で御託を並べてないで、動け! ・・・自分の頭のハエを追え!」。・・・ごもっとも。
刊行物:『芸者衆に花束を。 八王子花柳界、復活』