「おやじの本棚」始末記
ちょうどひと昔前のことになります(自社の出版とは離れた話題ですが、御容赦を)。
私が小学校の「おやじの会」の現役会員だった頃の話です。「おやじの本棚」をやろうということになり、私にも協力の依頼がありました。これまでありそうであまりなかった企画ですね。もちろん、積極的に協力することにしました。
おやじが子どもの頃に夢中になって読んだ本、でも先生や母親はあまりいい顔をしなかった本、
そういうのをどんどん入れました。「怪盗ルパン」も「少年探偵団」もいいじゃないですか。これらを否定することは自分自身の来た道を否定することです。新しい本も入れます。松原秀行さんの「パスワード」シリーズ、はやみねかおるさんの「夢水清志郎」シリーズ、杉山亮さんの「もしかしたら名探偵」シリーズなどは大人が読んでもおもしろい。『チリメンモンスターをさがせ』(偕成社)とか、もし子どもの頃にあったら、夢中になって読んだに違いありません。多少の「おやじ色」を出したいと思い、宮西達也さんの作品では、有名な「うまそう」シリーズではなく、『おとうさんはウルトラマン』のほうを挙げるなど、工夫はしたつもりです。
「おやじの本棚」の活動が真にユニークなのは、単に本の紹介だけでなく、本屋に足を運んで、実際に手に取って選ぶことを奨励している点です。ネットで簡単に本が買える時代でも、おやじは本の質感を大切にしたい。街の本屋の独特の雰囲気を知ってほしいのです。
校区には、商店街に2軒の本屋がありました。そのうちのK書店はこの活動に不可欠の存在でした。それまでも児童書は充実していましたが、別に入口近くに「おやじの本棚」を設置していただきました。本屋の経営は楽なものではないでしょうが、決していやな顔をされません。
『怪盗道化師(ピエロ)』という本を御存知でしょうか? ある時、一年かけて貯めたという貯金箱を握りしめて本屋にやってきた少女が、うれしそうに本棚から『怪盗ルパン』を抜き出して、貯金箱と一緒に渡します。消費税分が足りなかったのですが、おじさんは喜んで本を売ってあげました。暇を持て余していたおじさんは、このことをきっかけに「怪盗道化師」になろうと決めます。盗むのは世の中に役に立たないもの、報酬は依頼人の笑顔…はやみねかおるさんのデビュー作品です。
私にはK書店の御主人がこの怪盗道化師に重なってしょうがなかったです。
翌年、第2弾の本が並び、地元の新聞にもK書店の活動が取り上げられて喜んでいたのもつかの間、数日後に「K書店閉店」の報せを受け取りました。青天の霹靂とはまさにこのこと、活動に弾みがついていた時だっただけにショックでした。閉店のことは前から決めていたそうです。老後をのんびり過ごしたいとのことでした。
商店街のもう1軒の店にも「おやじの本棚」を置いてもらっていましたが、ここは雑誌とコミックス中心の店で、本屋としての魅力はK書店には及びません(ここも数年後に閉店)。校区には、チェーン店もあり、そこにも声をかけてみましたが、店長の裁量では積極的な協力は得られませんでした。そんなわけで、この活動は自然消滅したのでした。
「おやじの会」の十周年イベントで、過去の活動を振り返ることになり、「昔はこんなことをしてたんだよ」と言っても、もう知る人は少なくなりました。誰かどこかでこの活動を引き継ぎませんか?