しばらくこのまま
各版元が持ち回りで執筆している版元日誌をいざ自分が書くとなって、何について書こうかと小一時間考えてみても何も思い浮かばず、何もテーマにしたいような出来事が最近身近にないことに気付くと同時に、約三年前にも版元日誌を書かせてもらったことはあったけれど、その頃とは環境も心境も様変わりしていて、当時のように意欲に溢れたことはもはや書けないなということをまざまざと意識させられる。
だったら、この版元日誌の執筆依頼もお断りさせてもらえばいいだけの話だったけれども、そうやって楽な方に流れてしまうというか、ここで間違った選択をしてしまうと今もか細く続けている出版活動にまで悪影響を与えてしまうような気持ちもあって、自分の中で引き受けるか断るかだいぶ逡巡して返事をするまでも遅くなってしまったが、「ここで断ってはダメだろう」という自分の中の何かに背中を押され、最終的に執筆依頼を引き受けることに決めた。
先にも書いたけど水窓出版という屋号でひとり出版社を始めて三年以上経過していて、起業当時と比べて三年目の現在は大きく変わった点があり、その一つに出版業以外で生計を立てているということがある。平日は出版業とまったく関係ない他業種の仕事に従事しているということもあって、そうなると「水窓出版の高橋」よりも「勤め人の高橋」という役割の方が人に求められる機会が多く、客観的にも主観的にも水窓出版での活動は「副業」という認識が強くなってしまっている。さらにもう一つの大きな変化として、元々関東のアパートの一室で始めた(といっても埼玉県の田舎の方でファミリマート一号店が最寄りのコンビニだった)水窓出版も、経済的な理由で活動拠点を地元に移したことがある。ただ、そうなると、昨今の時勢もあって今まで簡単に出来ていた東京や関東周辺の本屋巡りをするということも気軽に出来なくなって、それも本と関わることと距離が出来てしまったように感じる一因だと思っている。
起業する前のサラリーマン生活をしていた時にも感じていたことだけど、朝から晩まで働いて肉体的にも精神的にも疲れてしまうと本を読みたいと思いながらも読書をするということが困難になってしまい、そして、今再びそのような環境に陥ってしまうと、出版活動をしていながら自分が本に関わる仕事をしているという感覚が段々と薄れてきている思いがあった。しかし、そんなモチベーションの下がるような日々でも、ありがたいことに過去のご縁で「水窓出版の高橋」へとお話をいただくことがまれにある。
その一つに、双子のライオン堂店主・竹田信弥さんと本の種出版・秋葉貴章さんが企画され、今年の三月に開催された【『めんどくさい本屋』いまさら刊行記念対談パート3 ~『無職本』×『めんどくさい本屋』 本をつくって、生きること~】というイベントにお誘いいただいたことがある。
これは竹田さんの著書『めんどくさい本屋―100年先まで続ける道 (ミライのパスポ)』の刊行を記念したオンラインイベントで、現在も毎月一回という頻度で双子のライオン堂と関わりが深い人達をゲストに迎えて開催されている。本書が刊行されて一年以上経っても継続的にイベントを開催するということは素晴らしいセルフプロモーション活動だと思っているし、その脈々と続くイベントのゲストの一人として選定していただいたことは大変嬉しいことだと思っている。(また、今でも私が登壇した当時のイベント内容やその他ゲストの回のアーカイブがYou Tube上に残っています。詳しくは本の種出版さんのサイト内でご確認ください。)
本の種レーベル『ミライのパスポ』第2弾! 双子のライオン堂 店主・竹田信弥さんの単著『めんどくさい本屋―100年先まで続ける道』2020年4月20日に刊行
また地方では珍しい「ひとり出版社」をやっているということもあって、ごくまれに自身の活動についての取材や「ひとり出版社」を始めたい人から相談をされることもある。少ないようで数多くある「ひとり出版社」の中から、全くと言っていいほど無名である水窓出版を見つけてもらいコンタクトを取ってくる人達の積極性や真剣な心に触れる機会は本当に幸福なことだと感じるし、うぬぼれも入るかもしれないが、それはまぎれもなく自分が今までやってきた過去の活動実績があるからで、水窓出版をやってきて良かったと実感出来る出来事の一つになっている。
起業当初と色々環境が変化して出版活動のモチベーションが下がってきているというなんだか悲観的な内容を書き続けてきたが、自分自身としては平日に他業種の仕事をし、隙間時間に出版活動を行う今のスタイルはとても自分自身に合っていると思っていて、そんなにネガティブにとらえていない。それは双子のライオン堂店主・竹田さんの著書『めんどくさい本屋―100年先まで続ける道 (ミライのパスポ)』の中の一節〈他の仕事をして、本屋とともに生きる方法を模索する。〉とあるように、私自身竹田さんのように出版業を百年続けていくという壮大な目標は持っていないものの、この活動を可能な限り持続していく一つの冴えたやり方だと感じているため、とりあえずしばらくはこのまま二足の草鞋を続けていくということだけはたしかなことだと思っている。