写真集の可能性を探りたい
写真家、竹沢うるま写真集Remasteringを出版しました、写真編集研究所です。日本の写真家の活動範囲を広げることを目標に、2017年に設立した会社で、写真集発行はこれが初めて。発行日は、2020年12月31日。版元日誌に掲載していただくのも、これが初めてです。
会社を起こしたのは、定年で出版社を退職した直後。それまでお世話になった写真の世界で、仕事を続けたかったことと、多少の経験が、日本の写真界に役立つかもしれない、と感じていたからでもあります。
ただし、出版事業には手を出さないでいようと思っていました。理由は、勤めていた出版社の退職後、形だけの職責が、昨年9月まで残っていたことと、出版事業の難しさを肌身で感じていたからです。
起こした会社の主たる目的は、写真家の表現についての相談やマネジメント業務。日本の写真家を海外の市場にプロモートする、内外の出版社やメディアに、写真家の独自の表現の提案をするなどです。これまで米国・ニューヨークでの写真展を8回運営しています。昨年の4月には、9回目の同地での個展運営を実施の予定でしたが、掲出用の大きな写真プリント50枚を現地に送った後、開催ひと月前に、新型ウイルスの蔓延に伴い、中止としました。
日本は優れた写真家の宝庫です。しかし、国際的には、欧米の写真家のようには、高い評価を得ていないことも事実です。20年前には、日本の写真家は、国内の需要で報酬を十分に得ることができたこと、不慣れな、海外での活動にまで踏み出すことに必要では無かったことなどからです。
写真家がメディアに自らをプロモートすることや広報作業を含めて個展を開く企画についての経験を写真家に提供することが主体の仕事が、コロナ禍でできなくなってしまいました。
グラフ誌、写真誌の休刊や出版社の写真集離れで、写真家への需要も年々減ってきて、コロナの影響を受けてからは、さらに厳しさが増しています。厳しい環境でも、写真家の意思を十分に反映した、写真表現としての写真集を出そうとした本が、この「竹沢うるまRemastering」です。
一般的に、書籍で収益を確実に出そうと思えば、有名な著者が、知名度のある出版社から、時流に乗ったテーマを選んで発刊することが、欠かせない要素です。これは原則で、さまざまな工夫で、厳しい環境を乗り超え、良い本出す事も、もちろん可能です。ただし、事業として、ある程度の収益を得るには、例外的な戦術では難しい。取次との関係や製造原価の管理、広報の手法に、熟練が必要です。発行物の市場寿命は短く、在庫の不良資産化にも悩まされます。これらのリスクに、何十年も悩まされてきた身にとっては、せっかく、この危うい感覚から逃れられたのに、また崖の淵を歩くような気持ちに戻りたくない、と思っていました。
良い本を出そうと思えば、不良在庫となるリスクは覚悟しなければ、という感覚です。ところが、この感覚を、写真家の竹沢うるまさんが、見事に打ち破ってくれました。「自分で本作って、出したいんだけど、手伝ってくれない?」という電話から始まった話でした。
竹沢さんは、自分の写真を集成して、自分でそれらの写真を再構成した本を作りたい。編集は自分でやる。原価は、クラウドファンディングで大半を賄うつもりだ、とのこと。出版事業を任せたい。目的は、クラウドファンディング対象より広く、書店など、一般読者の目に触れるところに流したい、ということでした。
大手出版社による、写真集出版は、風前の灯とも言えます。多くの実力のある写真集編集者が、定年を迎えて、社内で写真集出版を提案する熱量が下がっていること、紙代などの原価が上がり、効果を狙える例外的な印刷紙を選ぶ余地がなくなったことなども影響しています。一言でいうなら、出版に余裕がなくなっているのです。
日本の写真集は、国際的に見ると大変特徴があります。一冊全体の表現が、文脈として、写真家の表現作品となる。ページごとに区分けされているのではなく、表紙から、さまざまな編集の工夫があることが国際的にも高い評価を得ています。写真集は、日本独自の文化といっても良いでしょう。このような“作品”としての写真集が、できなくなりつつあり、とても残念な状況です。
Remasteringは、新型コロナウイルスで、旅を規制された、旅行写真家の、2020年の思いを詰め込んだ写真集です。旅先で、非日常を撮影してきたこれまでの成果は、実はそれぞれの場所の日常を撮影していたんだとの思いを持って、再構成した、写真家の心のうちをめくり返すような作業を一冊にまとめた作品です。
写真家の内面を表現した本。2020年の非常に得意な時間を過ごした自身の気持ちを、静謐に見つめた写真が編集されています。表紙はタイトルと著者名だけ、しかも中面同様に非常におとなしい“顔”です。とても数千部と言うロットを期待できるものではありません。それでも、写真家が、自分の表現を全うする目的の出版を成立させる、ことが宿題でした。
無名の版元から、写真家の内面的な葛藤をテーマとした写真集を発行する方法として、クラウドファンディングは、大きな味方となりました。これにより、製作費のかなりの部分を賄うことができました。ポイントは写真家が、多くの固定ファンを持っていて、日頃から、S N Sなどで繋がっていたこと。編集趣旨に沿う最低限のページ数など予定内容を提示し、クラウドファンディングを行い、幸い、趣旨に賛同した方から、最低必要金額は数日で集まってしまいました。編集内容は、賛同を得た金額を上回る、ページ増や装丁の変更、それに伴う印刷所の変更で答えることとし、より上質な書籍に水準にレベルアップしました。
書店流通は、トランスビューさんに力を借りました。小ロットでの取引にも応じてくれることが、写真集出版には、貴重な手段です。数千部を刷らないと、損益分岐を越えない出版は、先鋭的な写真集出版には向いていません。一方で、国内には、写真家とのS N Sでのつながりが必ずしも深くない、写真集ファンが、多くいることも、流通の反応から感じ取ることができたのは、大きな成果です。
クラウドと書籍流通を組み合わせたこの手法には可能性があると思います。同じ写真家が、頻繁に使える手法ではないと思いますが、壊滅の危機に瀕している、ピュアな写真集出版には、道が残されていると感じています。