売れる見込みのない本に、一筋の光明?
少々古い話になるが、2015年の6月に刊行した『妄想か、大発見か… 亀ケ岡土器には甲骨文字が刻まれていた』は、いわば自費出版本である。
著者は佐藤国男氏。函館在住の木版画家で、宮沢賢治童話の挿絵で知られる同氏は、在野の縄文研究家でもある。周辺の田畑や空き地から土器や石器がゴロゴロ出てくるような環境に育ったことから、木版画に目覚めるより先に、古代史の魅力に取りつかれた。
とくに興味をもったのは、縄文土器・土偶につけられた縄目文様だった。縄文人はなぜ1万年もの長きにわたって、縄目文様を刻み続けたのだろう。その心が知りたいと願った少年のころより半世紀、自分なりに各種文献を読み漁り、縄目文様の意味を探り続けてきたのであった。
そんなこと考古学の本を読んだり考古学者に尋ねたりすれば、すぐにわかるはずだろう、と思いきや、佐藤氏いわく「日本の考古学者は誰も答えを提示してくれない」。権威ある考古学者たちの見解は、「土器・土偶につけられた文様はあくまでも装飾であって、何の意味ももたない」というもので、ほとんどの研究者が「右へならえ」なのだそうだ。
漢字研究者・白川静の説く神話書記法(洞穴壁画や地上絵、土器文様など先史時代の遺物には、その人々の神話世界が表現されている)の信奉者であり、自らも絵心豊かな佐藤氏は、「人が図柄を描くときには必ず何らかの思いがあるはず。考古学者が解明しないなら自分でやるしかない」との思いで縄目の意味を探り続け、ようやく自分なりの結論に到達した。
ならばいざ、渾身の自説を世に問うべし、学者の鼻をあかすべし、ということで、その自費出版の話が弊社に持ち込まれたのであった。
印刷費までは出せないから電子書籍で、という懐具合も勘案し、縁故者価格で編集費の見積もりを提示。ならばこれで、と実作業に入ったはよいが、さすがは半世紀費やしたライフワークと言うべきか、広がる話を収拾したり、絡まる論理を解きほぐしたりなど、予想をはるかに上回る時間と手間がかかってしまった。
何とか刊行の目処がついたころ、私はふと考えた。編集費の上積みを求めるのは「ぼったくり自費出版サービス」みたいで気がひける。どうせ乗りかかった舟。見積通りの編集費でいいから、それを印刷費に充て、印刷本も作るというのはどうだろう。電子書籍だけならまず売れないから、編集代をもらって終わり。それ以上の果実を生むなどありえない。印刷本ならまだしも売れる。万が一たくさん売れたら、かかった手間はペイできる。別に大して売れなくても、印刷本まで出せたなら、佐藤氏もきっと喜ぶだろう。
毒を食らわば皿までも、というのはオーバーにしても、実に無謀な名案であった。
前置きが長くなったが、言いたいのはここからである。
本書は、最初から売れる見込みのない本だった。佐藤氏自身、以前に刊行したエッセイ集の中で「(縄文の本は出したいけれど)返本の山で出版社は夜逃げだろう」と書いている。私も私で、この本を編集するまで、縄文にはまったく興味なし。博物館でも、古代史のコーナーは駆け足で通り過ぎていた。要するに「版元自身が、買いたいと思うはずもなかった」本なのだ。言語道断と言うしかない。肝心の内容も、一般的な縄文学説からは異端であり、しかも著者はアカデミズムの住人ではない素人だ。
弊社印刷書籍の販売ルートは、函館市内の書店とインターネットのAmazonのみ。恥ずかしながら刊行後1年間の売上実数は、書店54冊(これでも佐藤氏は、予想以上と大感激)、Amazonに至っては、出た当初は新刊とあってか15冊売れたが、出版3カ月目の2015年8月から2016年7月まで、見事にゼロ行進が続いていた。
ちょうどゼロ行進が1周年を迎えたそのころ、地元商工会主催の販促セミナーで、「とにかくYouTubeにPR動画を1日3本アップしなさい。それを1年続けると、ニーズのある商品ならば売れるようになります。動画の完成度は低くてもかまわない。大切なのは本数です」という話を聞いた。
弊社もそれまで、新刊情報などをYouTubeで流したことがあった。しかし本数はごくわずか。そんなもの何の足しにもならないのだ。だが1日3本、1年やれば約1000本。それくらいの数になれば、検索に引っかかる可能性が出てくるという話である。うん、それなら納得だ。
本書のPR動画を流し始めたのが2016年8月13日。もちろんすぐに効果は出ない。1日3本は結構きつい。だがやはり最低でも1年くらいは続けないといけないのだろう。
膨らむ期待を鎮めるためにも、自分にそう言い聞かせていたのだが、10月になって、Amazonで週に1冊のペースで売れるようになった。11月に入ると0行進に逆戻り。ああ、偶然か一過性のものだったか、と思っていると、年末以降、ほぼ週1冊のペースが戻ってきた。今年3月の第3週は3冊売れて驚いた。
他の出版社の方がご覧になったら、ままごとのような数字でお笑い種かもしれないが、1年間のゼロに比すれば無限の飛躍。
本当にYouTubeのおかげなのか、因果関係はわからないし、1年間続けたら本物の成果らしきが得られるのかもわからない。だから何の参考にもならないだろうが、北の国では、こんなバカな出版をしているということで、人に言いふらしていただければ幸いです。
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