本を必要としてくださる人々のために
こんにちは。道和書院(どうわしょいん)の小泉と申します。スポーツ・体育の専門書や一般書を中心に刊行しています。2代目社長と初代社長夫人、企画編集・校正校閲と刊行本の情報発信担当の私の3人の小さな版元です。
創業以来、「委託」と「委託なし」の間を揺れ動いています。返品の山々に悩まされ、取次さんや書店さん回り担当の営業担当者を置く余裕もなく、ここ十年来「委託なし」で細々と出版業を続けています。
小社の刊行本は、6割が大学の教科書、3割が専門書、1割が一般書です。本の販売ルートの多くを著者に頼ってきました。単著であれ共著であれ、出来上がった教科書は著者の講義を受ける学生さんたちが購入します。専門書は、同じ専門の研究者や大学院生さんたちが購入します。一般書にしても、著者が講演に出向くたびに参考文献として著者に売り歩いていただきました。
ところが。私が編集を担当してから十数年経つのですが、その間、さすがに状況は変わってきました。「それにしても本が売れなくなった。」のです。
まず、学生さんたちが本を買わなくなりました。スポーツ・体育の場合、大学で一般教養の必修科目であったのが選択科目になり、受講生そのものが激減したのも大きく影響しています。が、講義で指定されたテキストであっても、「それにしても売れない。」のです。著者である先生が講義中に書き込ませたり、試験の際には教科書持ち込みにしたり、本にレポート用の原稿用紙をつけたり、と悪戦苦闘してきましたが、学生さんたちの本や「大学の教科書」に対する価値観が変わってきたのでしょう。年を追うごとに大学生協や教科書を扱う書店さんからの返品は増え、売上は伸び悩んでいきました。
編集の側にも原因がありました。編集の立場にいる者が一番楽しいのは、次の企画を立てたり、著者が持ち込んだ企画に著者と一緒になって、これは面白い、こうしたら、ああしたらと盛り上がったりしている時だと思います。編集者と著者のノリだけで本が出せる、本は売れる、と誤解していた時期がずいぶんありました。
このままではいけないとは思いつつ、売れない、売れないと溜め息をついているだけでは、当然のことですが、それこそ本は売れません。では、どうしたらいいのか。今も模索は続いています。
これまで販売を著者頼みにしていて、出版社としての営業努力が足りなかったことだけは明らかでした。しかしだからといって、代行も含め営業担当者を置き、取次に委託販売をお願いするという選択は今のところ、していません。そのために費やすさまざまな経費、委託による返品や売上の入金サイクルを考えると、それが小社にとってベターな選択とは思えないからです。
代わりにまず、小社や小社の刊行本の存在をまず知っていただくこと、そのために多方面に情報発信をしていくことから始めました。5,6年前のことです。アマゾンやセブンネットショッピング(当時)、bk1、イーホン、boople(当時)などオンライン書店を片っ端から調べ、書誌情報を掲載していただくためにはどうしたらよいか、メールを出しまくりました。日販、トーハン、大阪屋やTRCなどの窓口担当者さんから在庫情報の提供や書影の提供のために必要な手続きをお聞きし、定期的に情報を送るようにしました。アマゾンなど出版社側からの情報提供が可能なサイトには、とにもかくにも本についての多くの情報を投稿しました。
そんななかで、版元ドットコムの存在を知り、入会の申込をしました。それまで個別に、別々のフォーマットで一件一件送信していた情報発信の作業を一度にできるのですから、これほど有難いことはありません。今年発足したJPO近刊情報センターにも版元ドットコム会員社として参加しましたが、これまでどんなに頑張ってもできなかったアマゾンやセブンアンドワイなどでの近刊情報が、詳細な書誌情報とともに直ぐに反映されるようになりました。
また、小社の刊行本の性格を考え、読者対象を明確にして、そこに向けての集中的な情報発信も始めました。例えば大学の教科書であればその教科書が必要とされるであろう大学へ、専門書であればその専門書を必要とするであろう専門研究者へ、一般書ならばその本を読んでいただきたいと思う関係者へ、という具合に、コツコツと全国の情報を集め、DM送付先リストを作成して独自に流してきました。
一方で、ただ漫然と、編集者が面白いと思いついた思った本を出す、著者が出したい本を出すという編集方針を根本的に改めることにしました。出版社や著者が出したい本が必ずしも、読者が買って読みたいと思う本とは限らない、という当たり前のことを改めて肝に銘じました。
今、「この本」を出すことが読者にとって果たして意味があるのか、どのような本を作れば読者が受け入れてくれるのかを第一に考えることにしました。読者が必要とする本を必要なだけ作り、無理はせずに、本の情報発信は怠りなく。欲を出しすぎると忘れがちなことです。
これからの課題は、書店さんとのお付き合いです。版元ドットコムの書店向けFAXサービスの利用も始め、それなりの効果も得られ始めましたが、それだけではどうしても一方通行の情報発信となってしまいます。
今年初めに、『レルヒ 知られざる生涯~日本にスキーを伝えた将校』という本を出しました。オーストリアの将校レルヒが新潟県高田(今の上越市)でスキーを伝えてから100年目にあたる今年を記念して、これまで謎が多かったレルヒの生涯について、専門研究者である著者の緻密な実証研究を基に一般書として書いていただいた本です。「レルヒが残した足跡は、レルヒを遥かに超えて今の日本のスキーエリアの人々の生活や文化にまで大きな影響を及ぼしてきた。この本はぜひ、レルヒのご当地高田の人たちをはじめ、スキーエリアに住むたくさんの人に読んでもらいたい」という著者の情熱に促され、今年2月、豪雪の中、上越市を著者とともに二度訪れ、市内の書店を回って、「ぜひ本を置いて下さい」と、お願いをしてきました。
お恥ずかしいことですが、私にとっては初めての書店回りでした。上越市に赴く前に、永年営業職を務めてこられた大先輩に、図々しくも「書店で本を売ってもらう秘訣があったら教えて下さい」とお聞きしたところ、「テクニックは幾つかあるけれども、知ったかぶりをして小細工を弄しても初心者は恥をかくだけ。初心者なら初心者らしく、正面から書店員さんとぶつかってきなさい」と仰っていただいたこともありました。
実際に足を運んだ書店さんでは、著者の熱意も感じ取っていただけたのか、「この大雪の中東京からよく来た」と快く本を置いてくださる書店さんが多く、感激して上越市を後にしました。編集者だから書店営業は苦手でいい、と敬遠してきた自分がまた恥ずかしくなりました。
以前にも、何人かの著者の方から「本を買いたいという人がいるのに書店で手に入らない。どうなっているのか?」というお叱りを受けたことがありました。「うちは返品が嫌なので委託はしていないから」だけではもはや、答えにはなりません。本を必要として下さる方がいても入手の方法がわからない、書店に行っても本がない、そもそも本の存在すら知られていない、という今の状態を何とか改善していきたいと考えています。
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