障害のある・なし関係なく
「人生の中で今が1番幸せです」と言い切る70歳の統合失調症を持つ同僚.彼は,22年間精神科病棟に閉じ込められ(いわゆる社会的入院),自分の人生はここで終わるのだと諦観していました.退院したのは今から8年前,もう60歳を過ぎていました.今,彼は,自分自身の体験をもとに講演活動を行い,弊社の「やどかりブックレット・当事者からのメッセージ」シリーズの編集委員も務めています.企画,取材,執筆をこなし,今年はついに,自身の体験を書き下ろした書籍を出版しました.
弊社は,精神障害者の地域生活を支える活動を1970年から行っている,社団法人やどかりの里を母体にした出版社で,やどかり情報館(精神障害者の福祉工場=障害のある人を雇用する福祉的な事務所)の一事業です.社会に届きづらい障害や疾病を持ち生きる人たちの声を発信することを使命とし,精神障害分野を中心に,障害福祉や地域保健(公衆衛生)分野の出版物も手がけています.
やどかり情報館は,出版,印刷,研究所の3部門で事業をしており,各部門に障害者が雇用されています.障害のある人とない人での仕事の垣根はなく,約30人が日々,その道のプロフェッショナルを目指して仕事に励んでいます.働き方も,週2日の人もいれば,週5日の人もいます.働く時間の長短もさまざまです.自身の体調や生活環境に合わせて,雇用契約でこまめに調整しています.
障害のある人もない人も,安心してともに生きられる社会.
「社会的弱者」が切り捨てられない社会.
競争至上,弱肉強食でない社会.
「ゆっくり」「自分らしく」「ありのままで」「自由」「自分のペース」が認められる社会.
どんな人でも差別されない社会.
今の世情と真逆の価値観でしょう.(法律上も「障害者自立支援法」により,障害当事者,家族,障害福祉関連団体は,この上のない大打撃を受けております.文字通り,生活,命に関わる問題になっています)
でも,弊社,母体である法人が持つ価値観,描く理想の社会は変わりません.
「障害を負ったからこそ見えてきたことがある」
「障害はマイナスの体験ではない,プラスの体験だ」
「失ったものもたくさんある.でも,かけがえのないものも得た.それは,人としての優しさだ」
「統合失調症になって,何も悪いことはしていないのに,ずっと罪人のような気持ちで60年以上を過ごしてきた.でも,ここに来て,初めて自分を肯定できた」
「社会に,他人にお世話になりっぱなしだった自分が,やっと社会貢献できるようになった実感を得た」
約250人の法人利用登録者の中から出てきた言葉です.もちろん,それがすべての人の意見ではありません.ですが,37年前に数名の精神科入院患者と家族,ソーシャルワーカー,臨床心理士が,病院から地域へと飛び出して,生きるために必要なさまざまな活動や社会資源を作っていった過程には,上記の言葉や価値観が確かに存在し,今も受け継がれています.
障害のある人もない人も,安心してともに生きられる社会.
「障害のある人・障害のない人」なんて言葉は使わずに,障害や疾病がその人間の一部に過ぎない……つまりはただの人間同士で,その人間同士が安心してともに生きられる社会を目指したい.そういうふうに表現できるようになったら,弊社の使命もかなり果たせたことになるのではないか,と夢想しております.
福祉・保健・医療等への逆風の中,先のことはまったくわかりませんが,夢想を夢想で終わらせないように,地道に,這いつくばってでも1歩ずつ前に,同僚たちとスクラムを組んで進んで行きたいと思っています.