本は売れなくなったが、本の情報は売れるようになった。さればこそ……
出版業界は本が売れなくなっても、本に関する情報を売ることができる。それこそが出版業が情報産業であるあかしである。
私は十数年来それを主張してきて、いよいよその確信を強めつつある。
出版業はありとあらゆるものを対象にしテーマにして、本をつくり雑誌を出している。だからどういう本がどのように作られ、どういう雑誌がどこでどのように売られ、どれだけの数のどのような人に読まれたか、あるいは読まれなかったかという情報に大きな価値がある。
出版業界だけではなく、ファッション業界もクルマ業界も食品業界もそれこそありとあらゆる業界にとって“役に立つ”情報がそこにある。政府や自治体などにしても、狭義の世論動向調査に留まらず、政策決定過程を左右する重要な情報もそこにある。
IT産業の急速な発達によって、各方面のニーズに合った高度な出版情報データが迅速かつ大量に処理され、供給されるようになった。逆にいうと、情報の利用価値が格段に向上した。
本を出しても出しても売れないと版元は嘆き続けているけれども、どんな本がどれだけ売れなかったかという情報だけは売れる、という皮肉な時代がやってきたのである。
いま紀伊国屋書店が全国の紀伊国屋の店舗での売上を対象にしたPubline(パブライン)では、インターネットを使って、通常ルートで流通している個々のありとあらゆる書籍、雑誌がいつ、どの店で、何歳位の男女がどのように買ったかがたちどころにデータ化されて供給されている。と同時に、「売れない本リスト」の情報もきっちり流されている。
少なくとも紀伊国屋に関する限り、出版社の営業マンは各店舗を回って売上調査をしているより、机上のパソコンに向かうほうがずっと正確に情報把握が可能になった。と同時に「○○ではずいぶん動きがいいんで……」という類のハッタリトークがますますやりづらくなってしまった。
パブラインと同じようなシステムがジュンク堂書店など全国各地で動き出している。
実売データの即時把握は出版営業上の「革命」でもある。こうした出版情報データ供給システムは出版業界全体のエネルギーの集約された貴重なメディアとなりつつあると言える。
だからこそ、いま言っておかなければならないことがある。
こうして出版業界情報が高額で取引され(パブラインの場合基本的に利用者が一社で年100万円以上)、高度の利用が図られていくことが広まれば広まるほど、その情報の内容のクリア度が担保されなければならない。
「本日の全国売上ベスト1」の書籍の売上内容を見ると、ある地方の一店舗でその本がその日だけで1,500部も売れていたりするのは興醒めである。情報の精度、利用価値という観点からも再考を要するところだと思う。こうした「ベストセラーのしくみ」がモロに出てしまうのも、情報化社会のコワイ側面なのだ。店頭に「本日のベストセラー」を書き出すだけなら「ご愛敬」で済むかもしれない。だが、もしその日その店に「1,500人の20代女性」が来店してその本を買ったと入力してしまうと、その書店の来客パターンも売上客単価も変えてしまうことになる。ITデータの恐ろしさである。
せっかく売れるようになった出版情報データの信用性を内側から崩していく愚だけは避けるべきではなかろうか。