出版社にとっての返品激増問題
(2005.11.8 新文化通信紙 に寄稿したものを転載)
返品がとまらない——。
今年8月、小社は創業26年の歴史の中でも未曾有の返品量となった。それ以前に売れるものがあって市場在庫が増えていたというような要因はまったくなく、返品の内容を分析してみても既刊本がやや多いくらいで取り立てて特徴もなく、新刊の返品が全体的に早く、多くなっている、という頭の痛い状態であった。
筆者は9月から10月にかけて、おもに返品をテーマにした版元中心の集まりに3度出席する機会を得た。一つは9月28日に流通対策協議会の経営委員会主催で「どうなってるんだ!?返品」と題して行われた返品問題情報交換会。もう一つは版元ドットコム主催で10月11日に行われた「返品問題研究会」、三つ目が10月14日に、100社ほどの版元と関係者が集まり行われた小社が業務委託している倉庫会社、大村紙業の「庄和流通センター開設に伴う説明会」である。
中小・零細版元の団体が主催した前二者の集まりには筆者も主催する側として多少関わっていたのだが、呼びかけから開催までの期間が非常に短かったにもかかわらず、予想を越える人数が集まり、関心の高さを証明する結果となった。
5月から稼動をはじめた出版共同流通 所沢センター経由の返品(日販のみ)が版元に届きはじめ、返品の形態の変化(商品別結束からバラ、バケット)による仕分けの手間、結束を望んだ場合の荷傷みの問題、伝票の条件違いの訂正の問題、版元の受領印なしに入帳されてしまうこと、伝票の枚数増による事務処理負担増、逆送の急増、常備の早期返品等々、多くの問題点が指摘された。
基本的にほとんどの版元の意見が、手間や資金繰りに直結する重大なマイナス面ばかりが目立ち、メリットらしいメリットがなく、合理化の恩恵を享受しているのは取次ばかりではないのか、というものであった。そしてまた多くの版元から返品が急増したという声があがった。現象としては市場在庫がかなりの量、版元に返品されつつあり、そのことが版元の危機感と不満に拍車をかけている状況だ。
小社の場合、8年前に日販コンピュータテクノロジー(NCT)の出版社システムを導入、6年前に大村紙業に業務委託をはじめたのをきっかけに、大村倉庫と本社のシステムをオンライン化し、その1年後倉庫経由で出版VANに加入と、規模のわりに早め(あるいは分不相応の)の対応をしてきた。そのため、前述の諸問題はほとんど顕在化せず、返品伝票のチェックの負担が増えた程度で済んだ。が、自社で返品を受けている版元の苦労は想像に難くなく、死活問題とさえ言ってもいいほどのケースも散見され「いったい何のための合理化なのだ」という声にはまったく同感である。とくに逆送問題は少ない労働力を割き、やっとの思いで築いた小版元と書店さんとの信頼関係をあっさり崩しかねず(版元の意志で逆送されていると思われ)、合理化本来の目的からも本末転倒と言わざるを得ない。11月にはトーハンの桶川センターも稼動をはじめるが、少なからぬ版元がこうした不満を抱いていることを事実として報告し、多少たりとも改善の方向に向かうことを切に願う次第である。
こうした多くの問題を孕みつつも返品の合理化は現実として進行し、それに対応すること(何もしないことを含め)を版元としては避けて通るわけにはいかない。大村紙業の「庄和流通センター開設に伴う説明会」はそのうえで版元に多くの示唆を与えるものであった。
同社は埼玉県春日部市に取得した1万3千坪の敷地に、所沢センター、桶川センターに対応した返品自動仕分け機を導入、2006年2月より稼動開始予定、その後出荷センターとしても稼動予定という。こうした事実は今年から本格的に始動した取次会社の流通改善により、たとえ小版元であっても倉庫業者といかに連動するかを考えざるを得ない事態になりつつあることを示しているのではないかと思う。
前述したように、小社ではすでに大村紙業経由で、出版VAN(現新出版VAN)での受発注をはじめて5年になるが、この間進めてきたのは業務委託による省力化はもちろんのこと、受注データの履歴をつくることで自社の注文状況を把握できるようにし、営業に活かすことであった。書店別・商品別で受注し、倉庫からオンラインで転送、それを筆者がつくったシステムまがいのデータベース(MS ACCESS)に蓄積していくわけだが、要は従来の短冊が書店別にエクセルの表状になったものである。このデータにP-NET、PUB-LINEなどで取得した実売データ、一部商品の配本リストなどを加えたりして、店頭の状況を把握し、開拓可能書店の発見、売れ筋の発見や、売り逃しの防止、増刷可否の判断などに役立ててきた。現在、前述NCTに依頼し、より精度の高いものへと開発中である(図参照)。
こうしたことは、すべて倉庫会社に業務委託したからこそ、小社のような小版元でも、手間と多少の勉強さえいとわなければ低コストで可能になったことである。だからといってすぐに「倉庫へ業務委託を」と短絡するつもりはないが、一つの道筋として有効であろう。
さて、別表に示した開発中のソフトは、書店別・商品別の返品データを取得できることをほぼ前提として設計したものである。配本リストについても自動で取り込めるようにしてあるが、これらは現在、版元が取得しようとしても配本リストは有償であり、返品データはその一部を日販トリプルウィンで取得できる程度である。
今回の返品合理化は版元への返品の滞留がなくなり、書店取次間の無伝票化、版元取次間の返品伝票データ化による事務処理業務の軽減など、目立たないが、後になってジワジワとそのメリットが実感される体のもので、書店への商品到達が速くなったのと同じくらい重要な改善であり、じつのところ、筆者も賛成であり大いに期待している。しかし、このメリットをより有効に活用するためには、前述の配本リストと書店・商品別の返品データが不可欠である。そして、それら情報の共有化こそが流通改善を実のあるものする鍵となる。だからこそ、小版元でも活用可能なレベルのコストであるべきだと強調したい。より詳しくは本紙10月19日号掲載の沢辺均氏の投稿記事『取次会社にお願い!新刊配本リストの無料提供を〜』(版元ドットコムウェブサイトに転載)を参照されたい。筆者も沢辺氏の意見に賛成であり、取次各社の英断を心より期待している。
さて、筆者は8月末の小社決算から2ヶ月間、足掛け10年出版流通に従事してきたなかでも、これほど返品のことを考えたことはなかった。暗い話が多くゲッソリもしたが、返品を考えることはとどのつまり出版流通のあり方、ひいては社としてのあり方、行く末を考えることでもあった。
小社は現在10人のスタッフで、年間80点前後の新刊を刊行している。そのうちいわゆる「堅い」本が点数的には7割ほどを占める。ここ10年で発行点数は約2倍に増えたが、それに比例して売上が倍増したわけではもちろんない。ここ5年では点数は5割増だが、売上高は横ばいか1〜2割増し程度である。出版界全体の情勢とほぼ軌を一にするかやや上回るペースで発行点数が増えている。要は1点あたりの売れ部数がどんどん落ちてきている。
今まで述べてきたような、データ化による効率化を進めてもほとんど追いつかない勢いだ。返品率もあまり改善されていない。企画の問題もあろうし、異論があるかもしれないが、売上を確保すべくそれでも点数を増やさねばやっていけないのが恥ずかしながら実情である。
今回の合理化で返品がより速く届くようになり、いずれ希望版元に返品データが日々配信されれば、納品データA4の表1枚、返品2枚ということにもなろうし、初刷部数はより縮小される方向に向かうであろう。
小社の場合、紙など材料費が下がっていることや、DTP、制作費管理などの社内努力で原価を抑えているが、それでも原価率が上がり、オンデマンドもまだ商業ベースに乗りきらない段階では、成り立たない企画が増えてくるだろう。
しかし、出版点数が増えることははたしてそんなに悪いことなのだろうか。粗製濫造(と決して思わないが)という声もあろうが、むしろ少ない刷部数を上手に成り立たせることにこそ、小出版の意味と出版の多様性、可能性があるように筆者には思える。返品合理化にはじまる一連の流通改善は、その可能性を広げるものになり得るし、ならなければそれこそ意味がない。そのためには、版元自らの努力が不可欠であることはいうまでもない。そしてまた、既存の流通の合理化に対応するいっぽうで、独自の売り方、流通を模索する努力をすべきである。これは自戒を込めていうのだが、なんでもかんでも委託して「取次ぎにお任せ」という時代がもうすぐ終わるのは明白である。小社でも異種流通で成功している例が何点かある。著者中心のファンクラブで何百部売って、かつ市場でも成功するものもある。それらは長い目で見て、決して正常ルートの利に反するものではないと思うが、それは理想に勝ちすぎだろうか。
状況が厳しいことに変わりはないが、流通改善の始動を契機に、読者を含め全体の利益を増やす方向に向かうよう、版元として努力を続けることで、少しでも希望を見出したいと思う。