編集者と著者の厄介な関係について──自著を出してみて思ったこと
5月に著書『音楽が本になるとき──聴くこと・読むこと・語らうこと』(木立の文庫)を上梓した。
音楽之友社で19年、アルテスパブリッシングを創業して13年、ひたすら音楽の本をつくりつづけてきたが、自分の名前で本を出すのははじめてである。
木立の文庫というのは、旧知の編集者・津田敏之さんが昨年(2019年)京都で立ち上げたばかりの出版社で、創業にあたっておよばずながら相談に乗っていた経緯もあり、自著の売り方についても、本の完成から発売までなるべく時間をかけて事前告知をし、先行販売を兼ねたイヴェントもやったらどうかと申し上げたところ、3月には動画CMをつくってくださり、4月に東京、5月には京都でのトークイヴェントをセッティングしてくださった。
そこへ来て、このたびのパンデミック到来である。イヴェントは2つとも流れ、CMでのイヴェント告知もむなしくなり、4月半ばに本だけが完成した。ぽっかりと空いた事前販促期間。せめて個人的に告知にはげむべく、これまでお世話になった方々や、音楽好きのメディア関係者などに手紙を付けてせっせと献本したところ、おりしも世の中全体がリモートワーク体制に移行していたにもかかわらず、Amazonほかのネットショップではとくに書籍の在庫切れや配送遅延などが相次いでいたこともあってか、みなさんいつになく読書に飢えていたのであろう、次々に御礼や感想のメールをいただき、発売日の2週間以上前に最初の新聞書評も出た。全国に緊急事態が宣言され、どんどん深刻さをましていく疫病禍拡大の状況とは裏腹に、わたしのなかではちょっとしたお祭り状態がつづいていた。
次々にいただくメールを読みながらまず感じたのは、「著者というのは本を出すたびにこういうことを経験しているのか」ということだった。人間は人生で3回主役になれるというが、誕生、結婚、葬式というその3回に比肩する状況が、著書の上梓のたびに訪れるとすれば、これは堪えられないだろう。いや、じつは長年編集者をやっていて、ずっと脳裏に疑問がくすぶっていたのである。「人はなぜこんなにも本を書きたがるのか」──ようやく腑に落ちる解答があたえられた気分であった。
面白いことに、メールを送ってくださったみなさんの多くから、「なぜアルテスから出さなかったんですか」と質問される。自分としては、端から自社で出版するつもりなどなく、ましてや自分で編集するつもりもなかったのだが、一般的には、自分で出版社というメディア、ツールをもっているのだから、そこから出すのが普通ではないか、という感覚なのだろう。「いやあ、自社のスタッフに『オレが書いた本、たくさん注文取ってこい』なんて恥ずかしくて言えませんよ」などと答えるにとどめたが、まじめに考えるともう少し説明が必要になる。
アルテスの会員向けのメルマガに連載していたエッセイを読んで、木立の文庫の津田さんが「うちで出させてください」と言ってくださったとき、じつは多少の逡巡はあった。創業してまだ1年経っていない出版社にとって、なによりも必要なのは「ヒット作」であり「代表作」である。アルテスも創業第1作として出した内田樹さんの『村上春樹にご用心』
がよく売れて経営が軌道に乗り、翌年出した片山杜秀さんの『音盤考現学』
『音盤博物誌』
が大きな賞を受賞したことで音楽書の出版社として地歩を固めることができた。木立の文庫としても、出版社の「顔」となる本を出さなければならない時期に、「音楽と本の関係について思いをめぐらしたエッセイ集」などという、なんとも性格のあいまいな本を出していていいのか──。著者というよりも、これまで創業や経営の相談に乗ってきた立場として、ためらう気持ちがあった。
ただ、文章を書いた者の立場からすれば、「自分の書いたものを他人がどう料理するかを見てみたい」という気持ちも強い。「自分が書いた文章なのだから、自分の思いどおりの本にしたい」という気持ちは、不思議にまったく起きなかった。
そういえば、拙著の中でもこんなことを書いている──「まぎれもなく自分がつくりだしたはずなのに、見覚えのない〈他者〉が顔を出す。その不思議の瞬間を、いまかいまかと待ちわびていたのだ」。「皮膚感覚について」と題したこの章では、小学生のときに凝っていたマンガ本づくりやでたらめな野球中継をテレコに録音する遊びなどについて語っているのだが、「自分が書いたものを読んで驚きたい」というのは、著者のもつもっともプリミティヴな欲望のひとつではないだろうか。他者が自分の文章を読み、自分とはまったく異なる感性で構成し、思いもよらなかったイメージの本ができあがる──これこそが「本を出す」醍醐味なのではないか。
それゆえ拙著の編集過程では、文章の加筆や校正などは別として、章の構成や造本などにかんしてはなるべく津田さんのディレクションにまかせるようにした。12章を前半6章と後半6章に分け、それらを「序奏」「間奏」「終奏」と題した文章で縁取るという構成や、各章に合わせたBGMのプレイリストをSpotifyでつくり、スマホでQRコードを読みとって聴けるようにしたのも津田さんのアイディアだし、四六判よりちょっと小ぶりな判型の上製本、槙倫子さんの版画を力強く全面に使い、すみずみまで気持ちのゆきわたった上野かおるさんの装丁──とすべて「木立の文庫色」に染まった素敵な本ができあがった。他人に自分の本をすすめるのは面はゆいものだが、これなら「内容はともかく、モノとしてすばらしい出来なのでぜひ買ってください」と宣伝できる!
津田さんに出版をゆだねたさいに感じた逡巡が完全に払拭されたわけではない。いったいこんな本が売れるのだろうか……。さいわい、時間をかけた事前販促が功を奏したのか、満を持しての発売日には「発売と同時に増刷決定!」をアナウンスすることができた。普通の著者ならここで安心するところだが、そこは編集者・経営者的な感覚が顔を出し、津田さんに「ほんとうにこれで利益が出てますか」とおそるおそる尋ねてみたところ、「増刷分でトントンですかね~」と涼しい声でおっしゃる。やっぱり初版は赤字だったのだ……。
こうなったからには、なんとか最低でも3刷まではこぎ着けなければならない。もっと宣伝しなければ──。というわけで、「版元日誌」というコーナーなのにもかかわらず、他社から出た自著の宣伝を書かせていただいた次第である。みなさん、ご購入のほど、どうぞお願いいたします!<(_ _)>
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このへんでこの日誌を終えようと思っていたところ、古い知り合いでアルテスからこんど著書を出す予定もある方が、Facebook上で「著者から本が届いて読み終わるまでの短期毒舌ドキュメント」という連載を始めた。もともと、ネット書店で買ってくださるとおっしゃっていたのが、配送に時間がかかるらしいとのことで、わたしのほうから1冊お送りしたのであるが、本が届いたのに小包を開封しようともせず、目の前に置いて「読まずの書評」を始められたのである。しかも、「著者はいいね!もコメントも厳禁!」と書かれているので、こちらとしては「面倒くさい人だなあ」と思いながら、どうすることもできず、けっきょく全16回+「号外編」まで続いたこの「短期毒舌ドキュメント」を読まされるはめになった(「ちゃんと読んでますよ」というメッセージのつもりで、ときどき禁を犯して「いいね!」を付けた。ちなみに公開範囲は友達限定なので、みなさんが読むことはできない)。
その第1回にこんなことが書かれている──「この本の存在は随分前から知っていた。でも読むことはないと思った。その理由は簡単である。編集者が書いた本だからである。その理由は複雑である。編集者と著者との、あの厄介な関係を保っている理由が唯一あるとすれば、それは編集者は本書いてはいけない、というものだ」。
「そんなことないですよ。安○顕とか○城徹とか○輪厚介とか、わたしの知ってるなかでもミシマさんとかシマダさんとか、編集者が書いた本なんてやまほどあるじゃないですか」と、のっけから反論したい気持ちがつのったが、いや、でも一理あるかもしれない、と考えこんでしまったのが運の尽き、つつがなく終わるはずだったこの版元日誌に、どうしても書き加えておきたいことができてしまったのである。
津田さんとわたしの関係性をみてもおわかりのとおり、編集者というのはたんなる御用聞きではない。表向きは、著者の思いを受けとめて、著者の書いた原稿を、著者が望むとおりに本に仕上げます、などとへいこらしていても、そのじつ、ときには原稿の内部に介入し、著者が思ってもみないような装いをほどこし、その本と世界との関係性さえも変容させてしまう存在である。そして、自分の書いた本なのに「見覚えのない〈他者〉が顔を出す……不思議の瞬間」を待ちわびているのが、著者という存在である。
「読まずの書評」を始めたこの御仁も、そんなことは先刻承知である。にもかかわらず、編集者は御用聞きを演じ、著者は尊大な主人を演じる。そうでなければならない。「編集者と著者との、あの厄介な関係」を保っていくためには……。
よく言われることだが、植民地の支配者階級の奥方が、現地人の召使の前では裸になっても恥ずかしいと思わないのは、彼女が現地人を同じ人格をもった人間だとは見なしていないからだ。そんな召使がとつぜん人格をもって権利を主張しはじめたら、どうだろうか──。
編集者が本を書くというのは、つまりそういうことなのである。いままで、自分の顔色をうかがいながら追従を言ったりしていた編集者が、とつぜん「お言葉ですが先生、わたしならこう考えます」などと自分の意見を主張しはじめたら、いままでかろうじて保たれてきた関係が崩壊してしまうではないか……。(そういうことですよね? ヤスダさん)
さて、これまで30余年つづけてきた「本を書かない編集者」から「著者でもある編集者」になって、自分が担当する本の著者たちとの関係性はどのように変わっていくのか──。これまで築き上げてきた御用聞きとしてのアイデンティティの崩壊に怯えつつも、「見覚えのない〈他者〉」としての自分自身にこれから出会えるのかもしれないと、じつは少々わくわくしてもいるのである。