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出版社の視点でみる『らんまん』

今期の朝のNHK連続テレビ小説『らんまん』は、幕末から明治を生きた植物学者・槙野万太郎の、まさに爛漫たる生き方を描いた作品である。多くの新種を発見し、命名を行い、その研究成果を世界にむけて発表し、『牧野日本植物図鑑』に代表される著作を多数残した。

このドラマは植物学者・槙野万太郎の人生模様がメインストーリーであるが、出版社の視点で鑑賞するというサブの楽しみ方もあると思ったので、ここでご紹介したい。

土佐出身の槙野先生は、学校ではなく自学自習で植物の学びを深めていった。小学校中退でありながら、東京大学植物学教室への出入りを特別に許される。精力的に研究を続けるなか、まだ公に新種を発表する場がないことに気がつき、日本初の植物学雑誌の刊行を志す。一般書籍用の絵を描く職業画工の植物画ではなく、自身が描いた精密な植物画からなる専門書を作りたかった槙野先生は、理想の本を刊行するためには石板印刷の技術習得が必須であることを悟り、研究と並行して石板印刷の修行をはじめる。
著者みずから画工、印刷工となって本をつくり、ついに植物学雑誌は完成する。

東京大学植物学教室との関係に暗雲がたちこめてくる中、槙野先生は自分で見つけた植物を大学という権威を介さずに広く世の中に向けて発表するために、植物図鑑のはしりともいえる『日本植物志図篇』を自費で出版することを決心する。そして槙野先生は高額だった石版印刷機を購入し、なんと自宅を研究室兼印刷所にしてしまう。
全ては、日本の植物を全て収めた図鑑をつくるために。
この目標にむかって、槙野先生は己の信じた道を歩いていく。山あり谷ありの槙野先生の人生と、その傍に咲く草花のような人々との交流を描きながら、ドラマは進んでいく。

ドラマの中では、売れるかどうかわからない「植物図鑑」を自費で刊行しようとする槙野先生の苦労が描かれている。分冊にして時間をかせぎながら、内助の功に助けられながら、大借金をしながら、版元を探しながら、発信したい情報をまとめ、書き、描き、刷り、干しては綴じるを繰り返す。
槙野先生は早くから出版物の影響力の大きさに気づいており、大学に正式に所属しないまま植物学の研究をするために、「出版」というツールを最大限に使った。
あれから140 年余の月日が流れ、徐々に電子書籍の時代に入りつつある。出版物の重みも変化してきた。
朝ドラをみるにつけ、今の時代に本を出版することの意味と意義を考えさせられる。

ドラマのなかで、槙野先生の教室への出入りを特別に許可した東京大学植物学教室の初代教授・田邊は、自身のもつ植物学の蔵書を槙野先生へ遺品として贈る。
それは立派な書棚に整然と並んだ、西洋の製本技術で作られた分厚く硬い学術書。

槙野先生の夢を一緒に追いながら支え続けた妻・寿恵子の愛読書は、柔らかくも強靭な和紙の風合いがある和綴じ本・南総里見八犬伝。柳行李に入れて嫁入りのときに一緒に持ってきた宝物の八犬伝全巻を、寿恵子はときには質屋に入れてまで、槙野先生の採集旅行や研究、出版のためにお金をつくって支える。

田邊が大切にしていた洋の本と寿恵子が大切にしていた和の本という、異質なふたつの種類の本が共存していた明治時代は、日本の出版史的にも面白い時代であったように思う。そんな時代に朝の15分間見事にタイムスリップさせてくれる、『らんまん』はそんな作品だ

最後に、五十嵐と星野の2人で運営している2人出版社のアンドエトの紹介を。
2020年に『麻酔科医師・手術室看護師のための周術期英語コミュニケーション』を初めて出版した。

この本では私たち2人が構想、執筆、編集、出版、営業を担った。一冊の本を作る過程のすべてに関与したという意味で、僭越ながら槙野先生と同じ経験させてもらったと都合の良いように解釈している。
コロナ禍に出版社としてのスタートをきったその後、『真実 シナリオ対訳』『評伝カール・ラガーフェルド』『三つ編み ラリタの旅』『ネネット こころのなかにとりの翼をもつ女の子』『グラン・ミシュラン〜ミシュラン調査員のことば』を刊行し、今に至る。
「売れる本」が正義とされることが多い今の時代、「作りたい本」の道を信じて、槙野先生の物語に励まされながら一歩一歩進みたいと考えている。

アンドエトの本の一覧

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