行き当たりばったり夏の旅
今日は8月13日。世の中はお盆休みらしいが、基本的に自由業である自分には夏休みとか連休といったものは関係ない。とにかく暑いしコロナの状況もあるので、どこへも出かけず、ひたすらPCに向かって毎日黙々と(ダラダラと?)仕事をするのみである。
さて、この場で何を書こうかと随分逡巡したが、そんなわけでちょうどお盆の季節なので、この時期に体験した思い出話でも書いてみよう。
あれは確か24才の夏だったと思う。僕は銀座にある小さな広告代理店で、入社2年目の新人営業マンとして働いていた。その年の8月、なぜそう考えたのかは忘れてしまったが、「お盆休みに『青春18きっぷ』で東北一周の旅をしよう!」と決めた。ご存知ない人のために説明しておくと、「青春18きっぷ」とは、JRの普通列車(いわゆる鈍行)限定で、5日間乗り放題ができる格安切符である(現在は約12,000円らしいが、当時もそれ位だったかな?)。
8月のある朝、東京駅から電車に乗り、まずは新潟をめざした。新潟から日本海側を北上し、青森まで行って太平洋側を南下して5日以内に東京へ戻る。もちろん宿の予約などせず、行き当たりばったりで宿泊先を探して泊まる、というかなり雑な計画である。
その日の夕方近く、新潟市に着いた僕は「ここまで来たら佐渡島に行ってみよう」と、思いつきで佐渡島行きの船に乗った。島に着くと、かなり日が暮れていた。小さな観光案内所のような所があったので窓口に行き、「すみません、どこか泊まれる旅館かホテルありますか?」と尋ねた。すると案内所のおじさんは、まったくもってあきれた奴だというような表情で、「今日は島中探したって、空いてる部屋は1つもないよ」と言う。その時初めて、今日が8月15日(お盆真っただ中)であることに気がついた。
おじさんに「じゃあ、どこか野宿できるような場所はありますか?」と聞くと、「島の反対側の海岸にキャンプ場があるから、行ってみれば」という。僕はバスに乗って、そのキャンプ場をめざした。
キャンプ場に着くと、すでにあたりは真っ暗闇だった。キャンプスペースはいっぱいで、仕方ないので隅っこのほうで野宿することにした。持っていたビニールシートを敷いて、コンビニで買ったサンドイッチを食べ、赤ワインのボトルを開けてグビグビ飲んで寝た。
夜中、何か妙な気配がして目が覚めた。ハッとして身を起こすと、周囲で「ウー、ウー」という獣のような唸り声がする。眼をこらしてよく見ると、それは犬だった。その数5~6頭。僕が食べ残して枕元に置いていた食料を目当てに、野犬が集まってきていたのだ。
野犬に取り囲まれていると気づいた僕は、瞬間的にポケットに入れていたソムリエナイフ(学生時代、放浪中のフランスで買ったお気に入りの品)を取り出し、「おりゃー!」と大きな声をあげて野犬を威嚇した。ところが、野犬たちはひるむことなく牙をむいて襲い掛かってくる。
数分間のせめぎ合いの後、野犬たちはようやくその場から去っていった。このとき学んだ教訓は、「ソムリエナイフは常に持ち歩くべし。さすれば、どこでもワインが飲めるし、身を守る武器にもなる」ということだ。
翌日も行き当たりばったりの無計画トラベルは続いた。新潟から秋田市へ行き2泊目。翌日、秋田から青森市へ行き一泊した。
ちなみに青森へ行ったら、絶対にここだけは行くぞ! と決めていた太宰治の斜陽館(太宰の生家)を訪れたのだが、なぜか館内の一角に「吉幾三コーナー」という展示コーナーがあり、地元(金木町:現・五所川原市)出身の吉幾三さんの白亜の御殿(自宅)の写真が飾られていたのには面食らった。それなりに文学青年だった僕にとって聖地といってもいい斜陽館。その聖地に抱いていた憧れと耽美的な世界観が一気に消え去った瞬間だった(断っておくが、小生、吉幾三さんの曲は大好きである)。
翌日、青森から平泉まで行って一泊し、5日目に東京へ戻り、僕の行き当たりばったりの無計画旅行は終わった。
その翌年、僕は会社を辞めてアメリカ南部(ディープサウス)のニューオーリンズへ渡った。これも思いつきで、「有名なマルディグラ(謝肉祭)とジャズフェス(New Orleans Jazz & Heritage Festival)を観にいこう!」と思ったのだ。できるだけ長期滞在するために留学ビザを取っての渡米だったが、滞在期間は特に決めなかった。
結局ニューオーリンズで2年間暮らしたのだが、滞在中、またまた何の計画も立てずに「アメリカを1周しよう」と思い立ち、当時乗っていたオンボロ車(81年型HONDAアコード)で北米全土を丸1ヵ月かけて無計画に旅した。
帰国してからは、雑誌のライター&編集、ラジオ番組の台本書き、友人らとサブカル雑誌の立ち上げ、WEBコンテンツの企画・編集、シャンソン歌手のプロデュースなどなど、行き当たりばったりでいろんな仕事をした。すべて、自ら望んでその仕事に就いたわけではなく、知り合いや友人から声を掛けられて、気がつくとその仕事をしていた。
そして今、なぜか出版社のようなことをやっているわけだが、これとて、「よし、出版社をやろう」と思い立って始めたわけではなく、フリー編集者の延長線で、気がついたらそうなっていたという感じである。今は東京の西荻窪に住んでいるが(たぶん引越し20回目くらい)、やはり「この街に住みたい」と思って引っ越したわけではなく、結婚したとき妻がもともと住んでいた所に自然の流れで入ったに過ぎない。
ちなみに出版社名はSlow Water(スローウォーター)。ゆく河の流れは絶えずして~、というか、諸行無常、行雲流水というか……、まあ川の流れのように、といったコンセプトだ。
思い返せば、一部で「世捨て人」と呼ばれる仏文科学生だった20才の頃から今までの約30余年、行き当たりばったりの無計画人生であった。しっかりと計画性を持って人生を歩んでいる近頃の若者たちの姿を見ると、何だか自分の人生が恥ずかしい気がしてくるが、とはいえ、我ながらなかなか面白い半生だったとも思う。そして、この歳になってしみじみと、行き当たりばったりでも、人生何とかなるもんだ、というか「なるようにしかならんな」と感じるのである。
お盆休みの思い出話から書き始め、結局何だかあまり仕事とは関係のないどうでもいい話を書いてしまったが、せっかくなので最後に少し宣伝を。
昨年、弊社から『SKETCH NOTES(スケッチノーツ) パリ~キューバ10ヵ国ARTの旅』
というエッセイ&画集本を出版した。著者は茅野玲子さん(御年83才、肩書ナシ)。茅野さんは風の向くまま気の向くまま、宿も決めずに小さな鞄に10色の絵具だけを入れて、たったひとりで世界を旅した強者だ。この本を読むと、僕の行き当たりばったりの無計画さなど、足元にもおよばないくらいの無計画ぶりに脱帽せざるを得ない。
自粛生活が長引く今、本書を読めば自宅にいながら楽しい旅気分を満喫できますよ、きっと。では皆さん、Au revoir! よい夏をお過ごしください!