出版社と書店との直接取引
青灯社は産声をあげたばかりの出版社である。初めての本が出たのが昨年8月、『「二重言語国家・日本」の歴史』(石川九楊著)、『脳は出会いで育つ』(小泉英明著)、『高齢者の喪失体験と再生』(竹中星郎著)の3点を同時刊行した。販売方法は書店との直接取引、出版界における問屋である取次会社を抜いた、異例の取引方法である。委託取引の契約をしてくれた書店が、ナショナルショップ(全国に展開している書店グループ)を中心に150店舗、凡そ3,500冊を配本した。
直取引に一応の区切りをつけた昨年12月末時点で、総出荷数が5,900冊、返品が465冊、返品率は7.9%であった。但し現時点でも直取引を継続している、大手取次会社トーハン系の書店(30店ほど)の店頭在庫は返品率には反映されてない。しかし11月下旬に行った各書店の当社書籍の在庫調査によれば、平均販売率が75%ぐらいだったので、書店に残されている在庫はそれほど大きな数字でないことは予測できる。
書店との直取引の内容をすこし述べておこう。取次を通して書店に納品する場合、書店の仕入は、平均して定価の78%である(力関係によって75.5%で仕入れている書店もある)。当社の場合、直取引のメリットを生かす意味合いもあり、70%とした。しかし、この仕入条件は書店にとって、直取引に要する手間、諸雑務を考慮に入れると、決して有利な条件ではない。
書店と3ヶ月の委託販売契約を結び、初回納品分は完全委託で3ヵ月後精算、追加注文は翌月精算とした。しかし、多くの書店が売れた分だけの定期的精算を望み、当初考えた精算方式はおよそ半分の書店で実行されたにすぎない。これは書店側の買取状態、すなわち、金はすべて払っているのに在庫が残っている状態に対する警戒感の表れと言える。
では「売れた分だけの精算」とはどういうことか。初回納品、追加注文にかかわらず、一定期間内で、ある時点の在庫調査を行い、それまでの納品から在庫を引いた金額を請求するというやり方である。こうすれば書店側からすれば払いすぎも生じないし、安心して欲しいだけの数を仕入れることができるわけである。
委託販売契約を望まない書店に対しては、中堅取次である太洋社にお願いして、ほかのすべての取次会社の窓口になってもらった。日販、トーハン、大阪屋、栗田などの取次を使っている書店にも本が届くルートを確保したのである。出版業界にいるこのコーナーの読者にはわかるだろうが、そうでない一般読者にはわかりにくい構図がある。要は問屋同士、「仲間取引」で商品を融通しあっていると考えてもらえばいいと思う。
但しこの太洋社の窓口は「買い切り」とし、返品は一切受けつけないようにした。元来、仲間取引に返品という習慣はない。逆に返品なしという条件で太洋社もこうしたほかの取次への窓口を引き受けてくれるのである。しかし、太洋社とのこういう取引のおかげで、全国すべての書店の「客注」に応じることができたのである。実際のところ、『「二重言語国家・日本」の歴史』が新聞・雑誌等10近いメディアに取り上げられた最初の2ヶ月間は、太洋社に対する請求は月100万を越えたほどである。
この場で約4ヶ月の直取引をあらゆる面で総括するつもりはないが、これまでにない貴重な経験、教訓を得たことだけは、確かである。単に注文をもらい、売れ行きを聞くという関係性のなかで構築されてきた書店との間が、金銭のやり取りを含む取引をすることで、まったく違った風景として見えてきた。取引に関する事務処理にルーズな書店は、店頭も活性化してないし、小売業者としての勢いも喪失しかかっているということがよくわかった。
取引している書店との間に生じるさまざまな事務手続きに、すなわち、在庫調査、伝票のやり取り、納品や返品、そしてもっとも重要である入金等々には、その店の姿勢が反映している。それは店の大きさや傘下チェーンの多さとは無関係である。本を売るということにしっかりとした意識を持っている店は、あらゆる面に意志的である。そういう書店は当然のことながら、情報管理も確かだし、仕入れも取次まかせにはしていない。生き残っていく書店とはこのような意志的な店であろうと思わざるを得ない。
いつかこの直取引の期間をちゃんと総括しなければならないと思っているが、最後に返品率の問題に絞ってすこし報告しておきたい。直取引をやっているほかの出版社の場合もそうであるが、確かに直取引の方が返品率は低い。それもかなり低い。書店員に聞いた直取引の本と返品の関係についての話が興味深い。
まず直取引の本は、実際に返しずらいと言う。取次を通して返品するという行為、仕事はルーチンワークである。大手書店においては、段ボール箱に詰めて仕入に持っていけばそれで作業は完了する。言わばベルトコンベアに乗ってきた本を棚に詰め、はみ出した本をまたベルトコンベアに乗せる。そうした一連の流れがルーチン化している状況のなかで、ベルトコンベアに乗せてはいけない本はまことに始末が悪い。したがって常に後回しになる。わが青灯社の本が3ヶ月も4ヶ月も平台に残っていたのもその効果である可能性が高い。
さらにこういう意見もあった。本を売ることに熱心な書店員は大方がやる気のある出版社が好きだ。直取引で、取次より安く本を卸してくれる出版社は、自分たちにインセンティブを与えてくれるのだから、彼ら自身にやる気を感じるし、大事にしたい、応援したいと思っている。だからなるべく返さないで売り切りたいと考えている。
そう言えば八重洲ブックセンターの仕入部の某氏に「野崎さん、お宅の本は1冊も返さないから、6ヶ月後の売れた分だけの精算にしてくれない?」と言われたことがある。こうして長い期間書店の棚に置かれた当社の本は販売率75%を記録することになる。取次経由の取引になったら、おそらく1ヶ月も置いてはもらえないだろう。当然返品率も急上昇することになりそうである。それなりに内容のある本なら、一定の期間(1ヶ月や2ヶ月ではなく)じっくりと売ってもらえば、75%程度の売り上げは確保できるのかもしれない。
最初の本を世に出して半年が過ぎようとしている。さまざまな理由から、現在(一部を除いて)直取引はやめてしまった。日販、大阪屋、栗田、太洋社を通して書店に納品している。(口座が取れない)トーハン帳合の書店とだけ直取引を続けている。取次との取引と機を一にして、新刊2点を刊行した。『「うたかたの恋」の真実』(仲晃著)、『歯はヒトの魂である』(西原克成著)である。いまのところ売り上げも順調である。