一文字書名本はやめよう 読者不在、著者の自己満足
「! 、5、A、G、H、J、K、R、S 、W、し、ん、愛、花、海、階、角、鬼、橋、錦、空、穴、刻、黒、魂、手、術、瞬、瞬、盾、書、女、傷、蝕、神、人、粋、雪、線、線、窓、蝶、蝶、辻、田、答、道、毒、白、箱、飯、母、妹、無、杢、夜、欲、乱、旅、凛、弩、瘤、絆、聲、蛻、蝮、噓、々」
さてこれ何だと思います? 実はこれらの一文字、全て書名です。これらの本のほとんどが2010年以降に刊行された本なので、遡ればもっと大量に出てくるはずです。
こうした一文字書名本、果たして検索するとどういう結果が出るでしょう?
例えば『愛』をAmazonで検索しても50,331件、詳細検索で書名に入力しても25,031件もヒットしてしまいます。「愛」という漢字を含む書名の本が全部出てきてしまうからです。
hontoで『愛』を検索してみたところ10,000件以上出てしまいました。これも「詳細検索」の「書名」の欄に「愛」と入力しても10,000件出てしまいます。
書店の検索機で入力しても、「検索対象が多すぎます。二文字以上入力して下さい」という表示が出てきてしまいます。図書館の検索でも同様の結果が表示されます。
おまけにこの『愛』という書名の本に関しては同名の本が十数冊存在し、お目当ての本をヒットさせるのは至難の業です。
こうなると『愛』という書名だけでなく、著者名や出版社名まで入力しなければいけなくなります。しかし一般読者がそこまで知恵を働かせて入力するでしょうか?
途中で諦めてしまう人も多いと思われます。
読者がオンライン書店で検索する時や、リアル書店の検索機で検索する時だけでも、一文字書名本はこれだけのデメリットがありますが、そのデメリットは読者だけでなく本の作り手の著者や出版社にまで及びます。なぜならこの本の評価を知るためにGoogleやTwitterでエゴサーチしても、無関係の事が大量にヒットしてしまい、制作した本の評判や書評を浮かび上がらせるのが不可能に近いからです。
読者が検索出来ないとなるとこれはもう、書店で偶然見かける以外にその本と出会う機会はほとんどありません。またネットでの本の評判や書評を突き止めて、それを用いて宣伝する事も非常に難しいです。この様に機会損失が著しい一文字書名本について、私自身は編集者として以前から大きな問題だと感じていました。
一文字書名本は大きく分けて、3つのパターンがある様です。
●芸能人や有名人のエッセイや写真集で、その書名で検索するよりはその人物の名前で検索したり、書店で大々的に陳列される事が多そうな本。これらの本の場合、サブタイトルがメインタイトルと融合しているパターンも多く見られます。
例:
浜崎あゆみ『A』ソニー・マガジンズ
原紗央莉『H』彩文館出版
堀北真希『S』マガジンハウス
谷村新司『階』角川書店
原研哉『白』中央公論新社
荒木経惟『空』ワイズ出版
……等々
●著名作家による大手出版社から出された小説や文芸書で、表意文字である漢字の一文字インパクトを狙った様なもの。これも著者名で有名なので、書名検索する必要性があまりないのかもしれません。
例:
小山田浩子『穴』新潮社
橋本治『橋』文藝春秋
山崎ナオコーラ『手』文藝春秋
今邑彩『鬼』集英社
江上剛『絆』扶桑社
柳美里『黒』扶桑社
河原れん『瞬』幻冬舎
村上龍『盾』幻冬舎
……等々。
●小出版社や自費出版出版社から出ている詩集や体験記、自費出版と見られるもの。著者の一存で決まったと思われるものが多い様です。あるいは編集者が特に注文を付けなかったと見られるもの。一文字書名本ではこのパターンが一番多いと見らます。
例:
広沢正行『絆』牧歌舎
西川三郎『欲』幻冬舎ルネッサンス
松風園葉『線』風詠社
岩尾忍『箱』ふらんす堂
黒田如泉『蝮』文芸社ビジュアルアート
松井勇『母』蔕文庫舎
槇映子『乱』近代文芸社……
等々多数。
具体的な例を挙げるのは差し控えますが、最も問題と思われるのが、小出版、自費出版であるにも関わらず詩集や文芸書ではなく、具体的な対象物を題材に扱った歴史書や研究書。こうした本は書店で出会う事もなく、インターネットでヒットする事もありません。幾ら優れた内容でも日の目を見る事がないどころか、世の中に存在しないのと同じです。
著者のネームバリューありきの有名人が出す本で、一文字の書名はある程度仕方がないと思います(個人的には良いとは思えませんが)。しかし有名人でもなく、詩集でもないのに、奇を衒った感じのウケ狙い一文字書名は、読者不在の著者の自己満足にしか見えず、最終的には実際、本を手にとって貰える機会自体を自ら奪っているという点で、極力避けるべきだと感じています。
一文字書名本以外にも『+/−』や『ΑΩ』『ε−δ論法からトポロジーへ』『Χωρα 死都』『凸凹凹凸』『
♥×27=∞3rd』『!!!!』『#000000』など記号だけで成り立った本や、どうやって入力したら良いのか分からない本なども多数あります。機会があればまたそうした本をリストアップしたいと思いますが、なるべくこうした自己満足なタイトルは避けた方が良いのではないでしょうか。
尚、検索システムによっては一文字書名本をヒットさせる為の演算子、例えば一文字の後に全角アキを付ける等が設けられたりしている事もあるみたいですが、その様な検索法はあらゆるシステムに共通のものではなく、また世間的には認知されておらず、あまり効果的とは思えません。
この記事を書いている版元ドットコムで一文字書名本を検索すると、かなりの高精度でヒットしますが、版元ドットコムに所属している出版社のものしか出てきません。従って一文字書名本を出す傾向が強い、大手出版社や自費出版社のものはありません。
詩など特に書名自体がすでに重要な作品であり創作物である場合には仕方がありませんが、特別な理由がない限り、一文字のタイトルの書名はなるべく避けた方が良いと思います。
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