亀か蝸牛のような歩みで
時ばかり経つのが早く、弊社は今年5月、創立8年を迎えました。創業当時の計画通りとはいかないものの、一歩一歩前に進むしかないと、何かあるごとに先輩や友人に知恵を借り、さまざまな協力をしていただきながら、亀か蝸牛のような歩みで出版を続けています。
長い間、編集の仕事しかやってこず、営業の経験がほとんどないまま、自ら出版社を始めたため、いろいろと困惑することばかりです。慣れない営業の仕事をしていると、取引条件は言うに及ばず、その他独特の商慣習に直面するたびに、つくづく、何というへんてこな業界だと、別に他の業界を知っているわけではないのですが、驚きと認識を新たにしています。
先日、知り合いの出版社の代表から「この景気の悪い時に、どのように手を打つか考えております」という一文が書かれた暑中見舞いのハガキをいただいた。出版界全体の売上が年々縮小していく中、この制度疲労を起こした業界は、版元も流通も書店も、大阪屋と栗田の提携に見るまでもなく、抜本的な改革を迫られているのは今更言うまでもありません。しかし、なかなか自浄作用ができないというこの国の通弊は出版界にまで及んでいるようで、大きな期待はできそうにもありません。
一時期、インターネットの興隆とともに、新規あるいは他業界からの、主に流通分野への参入により、何らかの変革がもたらされるのではないかという期待も、評価の分かれるところではありますが、思ったほどの結果は生まれなかったような気がします。
しかし、言うまでもなく、技術革新の波は、携帯などモバイルの面で、大きなうねりとなって押し寄せています。活字も出版界もこの流れの中で間違いなく様態の変化が起こっていくでしょう。
では、こうした流れの中で、家内工業とも言うべき弊社のような零細出版社が生き残っていくために何が出来るのか、何をすべきなのか。もちろん、そんな答が簡単に出るようなら苦労はしません。御多分に漏れずここで立ち止まってしまいます。
だからというわけではありませんが、昨年暮れ、『チベットの守護石 天珠の神秘力』の刊行とともに天珠のブレスレットを製作・販売を始めました。(ちなみに天珠の写真を添えておきます)本が売れないから物品販売をするというのではなく、本の持つ意味と性格と読者のニーズを最大限に活かすにはどうすればよいかということです。すでにこうした試みはいくらでも為されているわけですが、幸いなことに天珠に関するまとまった本は弊社の本しか出ていないため、他社が始める前に自らやろうとしただけのことではあります。
物品ということだけではなく、コンテンツを、どのようにインターネットや携帯などに結びつけていくのか、当て所もなくそんなことを考えています。