版元ドットコムに参加はしたものの
この原稿をご依頼いただいた際に、何を書いていいいのやらさっぱり思い浮かばず、そのまま放置、締切も大幅に遅れてしまいました。大変申し訳ございませんでした。
というのも「誠光社」は新刊書店であり、小売の延長線上で自社出版をはじめ、その点数が増えてきたという状態で、確かに「版元」ではありますが、いわゆる「出版社」ではありません。自社刊行物といっても当初はISBNも取得せず、千部単位のものを自店と、お付き合いのある個人書店さんへの直卸のみで売り切るというスタイル故、他社に流通を委託する必要もあまり感じていませんでした。
当店は、店主である私が家族に手伝ってもらい、週一回の店番を知人にお願いしながら、基本的には一人で運営する個人書店です。企画、編集はおろか、経理、梱包出荷まで私(と一部その家族/ホリベ&ザ・ファミリー・ストーン)が担っています。本を出版しているのは実感として「版元」というよりも、「堀部」としか言いようのないスタンスなのです。
幸運なことに、刊行を重ねるごとに完売のタイミングが早まり、品切れ後にお問い合わせをいただくことが増えました。そうなると初版をもう少し増やそうかと自分のなかの経理担当と営業担当や実務担当が会議を始めます。両方自分なので決議にかかる時間は数秒。「トランスビューさんにお願いしよう」と、実務担当が多少文句垂れながらも満場一致で決定します。これで当店も出版社の端っこの方に仲間入りさせていただけたのかもしれません。
反対に、「版元らしくない出版社」あるいは「出版社らしくない版元」も最近増えてきました。ふらりと当店に立ち寄っては、新刊の案内をするかと思えば、「カネがない」、「バイトを始めようか」などと愚痴ったり、誰か面白い著者はいないかねえ、などとド素人の私に訊いてきたりします。彼らも社主兼編集者兼営業兼・・のひとり出版社故になんとなく馬が合うのでしょう。やりたくないことを拒み続けた結果、儲からないとわかりながらもたどり着いた仕事に四苦八苦するさまは、実に人間味があって僕は大好きです。
話が突然大きくなりますが、そもそも出版のみならず、あらゆる仕事がひとりひとりの人間の手の中にありました。フォーディズムやテイラー主義が仕事の全体像を個人から奪ってしまう以前、さらにさかのぼって産業革命以前の仕事における最大の報酬は、その仕事の実りであり、結果を見届けることだったはずです。
はっきり言えば当店は出版をすることでどれだけの利益を得ているのか、よく把握していません。電卓上ではこれだけ売ればこれだけの利益が出るはずなのに、一体この有様は何なんだ、本当に儲けが出ているのだろうかと首を傾げることも少なくありません。しかし、本を出すことの最大の「儲け」は、自分の関心事を思い描いたような形にし、世に出せることのみならず、尊敬できる著者たちと深く付き合い、彼らに自分の懐から原稿料を支払い、その仕事を広く(少なくとも個人書店のキャパ以上の客層に)知らしめることができる上、自身の店で直接お客さんからの感想や意見を得られるという、情緒的報酬なのだと自認しています。
昨今、残念なことに出版状況は小規模化をたどる一途です。それに対して情報インフラは発達し、営業や情報発信にはほぼ人手も資金も必要なくなりました。コンテンツの価値と、それをどこに届けるかさえ把握していれば、二千部前後の刊行物であればむしろ内容に深く関わった編集社が営業を兼ねた方が効率的でさえあります。
数多くの零細出版社の、膨大な業務の一部を手助けいただけるさまざまなシステムが存在することは大変喜ばしいことです。しかし、当店はこれからも出版にまつわる「全体像」を受け渡すことなく、版元ドットコム他の優秀な組織やシステムからほんの少しの手助けをいただきつつ、細々と、しかし楽しい出版を続けていくつもりです。