多様化するひとり出版社のマネタイズ
屋久島でキルティ株式会社というひとり出版社をやってる国本と申します(会社名はキルティ株式会社ですが、キルティブックスという出版レーベルにしています)。東京で、ファッション/カルチャー雑誌に特化した出版社に15年勤めた後に屋久島に移住して独立しました。屋久島という場所がインパクトあるからか、移住メインの独立の話で、新聞やテレビ他のメディア取材を何度か受けています。
版元ドットコムに参加されているひとり出版社は多いと思いますが、独立前に出版社での会社員経験がおありの場合、ほとんどの方が書籍畑の編集者出身ではないでしょうか。私は少し違ってて、雑誌畑の、それも広告です。同業の皆様ならご理解いただけると思いますが、書籍の出版編集と雑誌のそれとでは、ほぼ別の職種ではないかレベルでやり方/手法、付き合う人間が異なります。書店や取次とのやり取りなど販売・流通の知識もあまりなかったので、ほとんどゼロからのスタート、というより独自のやり方で始めて今に至ります。いまだに何が正解かよく分かっておらず、自分なりの会社運営を模索しているところです。
主な活動としては、サウンターマガジンという雑誌を年1回発行しています。厳密には書籍コードですが、定期刊行物という意味で雑誌/マガジンと名乗っています。もともと広告畑だったので、この規模のインディペンデントマガジンにしては、いくつかのクライアントから少しばかりの広告もいただいています。屋久島という土地が持つブランド性を最大限に利用して、豪華なゲストが毎号参加してくれていて、そういった方々のネームバリューにも助けられています。
現時点での最新号であるサウンターマガジン第6号では(2023年9月)、私自身が90年代からファンだったDJ/音楽家の井上薫さんと共に屋久島の森に入ってフィールドレコーディングを敢行し、それをアンビエントなエレクトロニックミュージックのオリジナルアルバムに仕上げてもらいました。限定版を作ってCDを封入し、通常版にはストリーミング配信にリンクを貼っています。クラブミュージック界隈ではちょっとしたトピックとなり、そういったメディアやレコードショップからたくさん問い合わせをいただきました。コストはかかりましたが、ひとり出版社は自分だけの判断でなんでも決められるわけで、やりたいことはやってみるもんだなとしみじみ思った次第です。ちなみにCD付限定版は1000部作って、最初の1週間で800部が売れました(まだ少しだけ在庫残ってます)。書店への流通は普段トランスビューを使っていますが、今回はトランスビュー経由は通常版のみとし、限定版は返品されると大変なので、直取引(買取)のみにしました。ちなみに限定版と通常版は中身は同じであるものの同じISBNを使えなかったため、どうせならと写真や色、イラスト、UVエンボス加工の仕方など表紙周りを全部変えました。
ずっと雑誌畑だった自分が、2022年に初めてノンフィクション書籍「南洋のソングライン」を作りました。簡単に説明すると、屋久島にひっそりと残された“まつばんだ”という民謡があります。屋久島は琉球文化圏からはるか北方に離れた島ですが、その歌にはなぜか琉球音階が使われていました。誰もその調査をしていないため理由は謎に包まれていたのですが、文筆家の大石始さんに声をかけて、その謎を3年がかりで調査した記録が本書です。歌やメロディが海を伝っていく様子が徐々に解明されていく内容もさることながら、装丁にもかなり凝っていて(仮フランス装に別刷りした絵を貼っています)、今読み返してもこれは傑作ですよと誇れる程度には自信を持っています。大好きだけど面識も付き合いもなかった作家の高野秀行さんがご自身で購入されて、SNSで絶賛してくれた時は本当に嬉しかったし、日本旅行作家協会による第8回斎藤茂太賞候補にもなりました。それなりに評価を得られた反面、恥ずかしながら原価計算をあまり深くやっていなかったため、装丁と印刷にとてもお金をかけてしまい大赤字でした(恥をしのび自戒を込めてお伝えすると、印刷代と刷り部数から算出した1冊あたりの紙/印刷代が定価の32%でした…いつだったか版元ドットコムのメーリングリストで10〜15%が標準というのを見て震えました…)。そんなわけで、この本のために金融公庫から借りたお金を、今も毎月返済しています。
この本を作ったときにふと考えました。ひとり出版社で、どれだけの方が自主企画刊行物だけで食べていけてるのか、と。私の場合、サウンターマガジンも、いくつか出した書籍も儲かったと言えるほどの利益は出ていません。企業のパンフレット、自治体や公共団体の刊行物・ウェブサイトなどの制作、広告代理店っぽい仕事など、あまり大っぴらにしていないことの積み重ねでなんとかやっています。あと、屋久島でアナンダチレッジという2部屋だけの小さなホテルもやっていて、これがオンシーズン中ずっと満室で、そこにも助けられています(経営は出版社と分けて、別々に納税しています)。トータルで食えてたら良しとしてるので、今のところはこの延長線上で試行錯誤していこうと思っています。ちなみに、借金はしていますが事業計画書は一度も作ったことありません(鹿児島県の金融公庫は事業計画書がなくてもお金を貸してくれてびっくりしました)。
出版社に限りませんが、このジャンルの事業のマネタイズはこうでなければならない、という時代はとっくに終わったと思っています。特にインディペンデントマガジンに特化した作り手たちは(版元ドットコム会員になっていない方が多いのですが)、それぞれ異なるビジネスモデルで運営しています。買取の直取引だけで300店と取引し毎号2000部を完売させている人、編集者として企業のウェブマガジンなどで定期収入を得て制作費に充てている人、不動産業を営みながら、また飲食店を営みながら雑誌作りをしている人など、イベント出展などで出会って接点を持って話すと、多種多様なスタイルがあるなと感じました。
また、インディペンデントマガジンで10〜20万円単位のお金をSNSブースト広告運用に投資したのは私が初めてだと思います(今もほとんどいないと思いますが)。1回目で大成功して効果を感じたのですが、2回目は少し外し、3回目は可もなく不可もなくでした。自社の直販サイトだったり、Amazonだったり、リンクを貼る場所を変えて反応の違いを見たりしています。そのつど調整しながら今後も刊行ごとに続けていくつもりです。