「本の解放区」:オルタナティブに本を売る
ひとりで版元をしております、三輪舎の中岡と申します。
前回この日誌で書いた記事「本屋にきびしい国で、本屋が増えるはずがない。」は思いもよらず、たくさんの方に読んでいただいた。出版業界の方と名刺交換すると「あの記事読みましたよ」と声をかけてくださることが頻繁にあった。なにぶん、この業界に入ってから3年と日が浅く、これといって業界ネタになるようなことを持ち合わせていない身にとって、何気なく書いた記事がきっかけで話に花が開くというのは心底助かった。そのようなチャンスをくださった版元ドットコムの皆様には大変感謝している。ありがとうございます。
今年は、年に一度の本の祭典「東京国際ブックフェア」が今年は開催されないという。
「ブックフェア開催見送り」(毎日新聞 2017.3.12)
やっぱりなぁと思った。昨年までに3回訪れたことがあるが、いつもがっかりしていた。トークイベントが楽しみで行くのだけれど、販売ブースについては本を安く購入できる以外のメリットはないと思うし、そのメリットでさえも個人的にはあまり感じたことはない。数万人の来場があるイベントである。売上=客数×客単価なので、客数を上げるには一定の効果はあるのかもしれないが、ブックフェアの会場から出ていく人たちの様子を見ていると、本を“爆買い”しているひとは多くない。平均的には2〜3冊ぐらいだろうか、客単価はあまり高くはないように見える。
記事によれば「(来年は)今までの延長線上にない新しいものにするため、しっかりと時間をとる」ということなので来年の東京国際ブックフェアには相当期待している。
「本との土曜日」について
今年の2月から三輪舎が主催で「本との土曜日」という本のマーケットを毎月1回、土曜日に開催している。会場は東京都中央区の「BETTARA STAND 日本橋」。日本橋、といっても三越がある洒落たエリアではなくもう少し東側の、小伝馬町から徒歩5分ほどのところにある。この施設は半野外で、私が選書を担当してる本屋「はじまりの本屋」が常設されているスモールハウスと、バーカウンター・キッチンを備えるコンテナハウスがL字に配置され、それらに囲まれたスペースでお酒や食事を楽しむことができる。また貸し切りにすればトークイベントや音楽ライブ会場として利用することができる。天気がよく暖かな日は開閉式の天幕を開けて、完全野外の露天スペースになるので、これから暖かくなる季節にはぜひ利用をおすすめしたい。「本との土曜日」はこのスペースを活用して、毎月10組の店主が新刊・古書問わず販売している。カレーなどのランチもあるし、都内や近郊でお店をもつ店主がおいしいコーヒーや自慢のお菓子を販売している。
「本との土曜日」に参加されている出店者の棚
このマーケットは私を含む3人の有志で運営しているが、誰も古本市を運営した経験はない。はたしてお客さんは来てくれるのだろうか。経験がないので予測がつかない私たちは直前まで不安が尽きないのだが、過去の開催では驚くほどたくさんの来場者でにぎわった。
当日の様子はこちら → 本との土曜日」レビュー
「本の解放区」が広がっている
「本との土曜日」含め、古本市やブックマーケットは年々増えている(という実感があるが、適切な資料を見たわけではない)。不忍ブックストリートに端を発して広まった「一箱古本市」というスタイルはいまや全国各地でおこなわれている。一箱古本市の開催情報がまとめられたブログで2016年に開催された一箱古本市の情報を確認すると、北は北海道・旭川から南は沖縄・那覇まで、ざっと数えただけで延べ200回近く開催されている。あくまで掲載されている古本市だけでこれほどたくさん開催されているわけだから、定期的に開催されているマルシェの一角でおこなわれている小規模のものを含めれば、計算上は365日毎日どこかで古本市が行われているぐらいの数になるだろう。
一箱古本市ではないが、私が昨年の夏、「YADOKARIと三輪舎」というユニットとして出店した「ALPS BOOK CAMP」は、長野県大町市・木崎湖畔のキャンプ場で毎年開催される本のイベントだ。松本市の深志に店を構える書店「栞日」が主催している。出店者は個人で活動する古書店主ほか、新潟の「BOOK f3」や金沢の「オヨヨ書林」、上田の「NABO」のように首都圏からのアクセスが難しい地域からの出店もあり、また首都圏からも「双子のライオン堂」、「BOOK TRUCK」も来ていた。
ALPS BOOK CAMP/左が木崎湖。湖畔のキャンプ場に多くの店が並ぶ。
会場は最寄り駅からもそう遠くないので鉄道を乗り継いでいけば行くことはできるが、途中新幹線に乗ったとしても5時間ぐらい、自家用車でも4時間ほどかかる。けして首都圏からのアクセスがいいとは言えない場所に、驚くほどたくさんの方が来場する。お客さんは地元の方も多いが、感覚的には長野の外からのお客さんのほうが多い。あるお客さんに聞いたら、千葉から来ていて、近くの民宿に泊まりながらここでのんびり3日間を過ごすとのこと。
木崎湖は水もきれいで、広く、でも浅いので子連れでも危なくない。キャンプ用の椅子を持ち込み、屋台で買ったビールを片手に、湖畔で本を読みながら、朝から夕暮れまで過ごす。ちなみにキャンプサイトを予約すれば(すぐいっぱいになるが)、一日中そこで過ごすことができる。公営浴場のある温泉郷は目と鼻の先、徒歩圏内だ。ほかに何を欲する必要があるのだろうか?
本を買う場所が本屋だけではなく、BOOKOFFなどの新古書店だけでなく、AmazonなどのECサイトだけでない。個人の蔵書や仲間とつくったZINEを持ち寄る一箱古本市やブックフェスのように、市場売上にはきっとカウントされていない自由市場が広がっている。この市場を、ひとまず「本の解放区」と名付けたい。
本屋の100万倍のコミュニケーションが生まれる場所
「本の解放区」の魅力は、本を介したコミュニケーションだ。一箱古本市なら、店主の目の前でお客さんが本を手に取る。そしてその本は自身の蔵書であり、読んだことのある本だ。店主は自分の蔵書を自ずとおすすめしたくなるし、お客さんも現在の持ち主である店主に読んだ感想を聞きたくなる。だから、自然と会話が生まれる。
「本との土曜日」で店主とお客さんのやりとりを見ていると思うのは、とにかく話をしている時間が長い。2,30分平気で話し込んでいる。そして、お客さんは本の中身はほとんど確認せず、店主の話だけで購入を決断しているケースをよく目にする。本の内容についての話もあるけれど、その本との出会いだったり、こんなときに読んだとか、誰にもらったとか、本の“外側”についての会話が交わされている。考えてみれば単純なことで、本の詳しい内容については本を読み切るまでわからないのだから、本の中身は実は本を買うきっかけにはなりにくいのだ。購入を決断するきっかけは著者やタイトル、装幀という“すぐわかること”であったり、その本について知っているひとから勧められたことだったりする。
「本との土曜日」の風景/本を介してコミュニケーションが生まれている
私が以前勤めていた書店では、お客さんと会話する機会はほとんどなかった。問い合わせをしてくれる機会でもなければ、なかなかお客さんに直接本をおすすめすることはない。書店員との静かな関係こそが好きだというひともいるだろう。いちいち声をかけてくる本屋さんを嫌がるひともいるかもしれないけれど、自然と会話がうまれる本屋さんになら行きたいと思うひとは多いのではないだろうか。そういう本屋を私は数えるほどしか知らない。接客のための人件費を割けられないほど本屋をとりまく状況はきびしいのだ。
荻窪のTitleや京都の誠光社、福岡のブックスキューブリックが愛されている要因のひとつは、みなヒューマンスケールであり、自然と会話が生まれる空間設計がされていることだと思う。もちろん空間や規模だけが理由ではないし、大きい本屋でも書店員とお客さんの距離が近いお店もある。
ただ、残念なことにほとんどの書店において、書店員は棚の向こう側にいる。「棚で接客する」ということは基本中の基本だが、だからといって直接の接客が不要であるということにはならない。「わかるひとにはわかる」というスタンスが、ありえたかもしれない読者を遠ざけてしまっていることもあるだろう。極端な話、港町の活気のある魚屋さんのような本屋さんがあってもいいのに、とも思う。
「本との土曜日」はとても小さいスペースであるにもかかわらず、本をたくさん買ってくれるひとが多い。古本なので商品単価も低いからというのもあるかもしれない。ただ、各地で出店歴のある店主から聞いた話だが、他の古本市と比べてここは客単価が高いそうだ。日本橋という場所柄もあるだろうが、ご飯も食べられるし、コーヒーも飲め、お菓子も食べられる。ビールも日本酒も飲める。ゆえに滞在時間が長い。そして先述のように店主と話している時間も長いので、話しているうちに欲しい本も増えてくる。
古本市のような「本の解放区」では、通常の本屋さんの100万倍のコミュニケーションが生まれている。単にコミュニケーションがあるわけではない。間違いなく、そこに大きな市場がある。
「本の解放区」の未来
行政の側でも、公共財産を民間に開放し有効活用しようという流れが出始めてきている。私が拠点としている横浜でも、市内すべての公園の活用アイディアを公募している。いまは店舗の敷地内を間借りしたり、施設内で行われている古本市が、公園で定期的に開催されるようになれば、ますます「本の解放区」は広がっていくはずだ。
とはいえ、やり方を工夫していかないといつかは惰性に陥り、支持されなくなる。「本との土曜日」は早くもアップデートする。それまでは一般的な古本市のスタイルに近いやりかただったが、5/20の開催からは雑誌のように特集をもったブックマーケットになる予定だ。最初は「インド」特集。インドにまつわる本を中心に品揃えをしてもらい(かといってすべてインドである必要はない。売り場の3分の1以上)、著名人を呼んでインドについてのトークイベントを開催する。もちろん、食べ物、飲み物もインドに関連してカレーやチャイを提供する予定だ。その後も、「リトルプレス」「ミステリ」や「旅」、「酒」のようなテーマを設定して開催することになっている。
「本の解放区」が広がっているという事実は、そう簡単には本屋を開業できないということの裏返しなのだとしたら皮肉なことである。また、どこまでの影響があるのかはわからないが、本屋の売上を奪っているという見方もできるかもしれない。
しかし、いつの時代もオルタナティブがメインストリームを活性化してきたのだ。この潮流こそ、出版文化の繁栄のための近道なのかもしれない。