出版用の楽譜も作っています
スタイルノートの業務の一つに楽譜制作があります。書籍や雑誌に掲載するための楽譜データを作るのです。よく「楽譜制作って、いったい何をやってるんですか?」と聞かれるので、その一端を少し紹介します。
出版用(印刷用)の楽譜を作ることを「浄書」と言います。例えば、お付き合いのある版元さんからは「これからFAXで楽譜を送るので浄書お願いします」といった言い方をされます。この浄書という言葉。もともとは、作曲家が書き殴った手書きの楽譜を、演奏者が読みやすいようにきれいに書き直すことを言っていました。モーツァルトやベートーヴェンの時代にも浄書をする人はいたのです。
15年くらい前から出版用の楽譜をパソコンで作ることが多くなり、現在ではほぼすべての出版用楽譜がパソコンで作られていると思います。職人の腕からパソコンへと作り方が変わっても、「浄書」という言い方は変わらず使われています。
この浄書にも、1つの作品をまるごと全部浄書する場合と、「譜例」といって、書籍や雑誌の文章の中で、説明のために楽譜の一部分だけを抜き出して作る場合があります。これまでの依頼の中には、音符1つだけというとっても短い譜例から、数ページにわたる譜例というものもあり、譜例のケースも様々です。
その他、楽譜の中に書き込みのあるものもあります。2色で作るから著者の書き込みは別版で作ってとか、著者が書き込んだ記号は薄くして欲しいとか、様々な要望が来ます。また、和楽器の楽譜の場合は特殊な記号を作りながら細かく加えていく例などもあり、本当にさまざまな楽譜と出会うことになります。
ところで、パソコンで楽譜を作るようになる以前の出版用楽譜はどうやって作っていたのか。実はすべて手書きでした。中には、音符をスタンプで押したりもしていたそうですが、それでも大部分が手書きであることに変わりはなく、まさに職人技だったのです。しかし、写植が電算写植になりDTPに変わったように、楽譜も大がかりな電算楽譜作成システムも開発されたものの、あっという間にパソコンで作る方式が一般的になりました。
楽譜を作成するソフトは、DTPソフトと同様、普通に市販されています。いくつか種類があって、現在日本で市販されている主要楽譜作成ソフトといえば、「Finale(フィナーレ)」、「Sibelius(シベリウス)」、「スコアメーカーFX」の3つと言えるでしょう。
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※ちなみに、この3つの楽譜作成ソフト。いずれも我が社で操作解説書を出していますので、よければご覧ください。
フィナーレ2012実用全ガイド
Sibelius7実用ガイド
スコアメーカーFX6公式ガイドブック
※さらにちなみに、ソフト付きの本も出してますので、試しに楽譜をパソコンで作ってみたいという方はご利用ください。
ソフト付き・フィナーレ・ノートパッド2012活用ガイド
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この3つのソフトの中で、楽譜制作のプロが使うソフトといえば「Finale(フィナーレ)」と断言してもいいでしょう。それくらい絶対的なシェアをもっています。海外でも、出版用の楽譜の大部分はおそらくこのFinaleで作られているはずです。
では、このソフトを買って弊社の解説本を読めば出版用の楽譜が作れるのか?
解説書を出している立場からいえば「作れます!」と断言すべきなのでしょうが、そうは問屋が卸さないのがプロの仕事です。いろいろと微妙な点をいじらなくてはならないのです。
例えば、次の3つの楽譜をみてください。
A、B、Cと、演奏すればどれも同じ音が鳴ります。しかし、各音符をつないでいる横線の角度が違います。この3つのうち正しいものはどれでしょう?
実は正しい正しくないということは無いのですが、基本的にBが正解とされています。ところが、ソフトで作ったままにすると状況によってはAのようになってしまうことも多いのです。もしそうなった場合は、横棒の角度を手作業で直すのです。このように独特の浄書のルールというものがあって、市販の楽譜を見慣れている人が、ソフトの標準設定で作った楽譜を見たら何か違和感を感じるはずです。
例えば、次の2つの楽譜をみてください。
わかりにくいので、黄線を入れておきましたが、AとBでは、2つめと3つめの音符が微妙にずれています。ソフトで作ったままなのがAのほう。微調整をしたものがBです。これは文字組などのデザインと同じように、ソフトが作ったままにしておくと、音符の基準点としては均等なのですが、音符の玉が棒の上についている音符と下についている音符が組み合わさっているために、見た目には均等に見えません。そこで、少しずらして、均等にそろっているように見せます。
次の2つの記号をみてください。
これは、コーダ記号という楽譜の記号です。デザインが違いますが、どちらも同じ意味の記号なのです。左の記号は欧米で使われるコーダ記号。右の記号は日本で使われるコーダ記号です。昔とある楽譜作成ソフトの日本語版のスタートに関わったことがあるのですが、その際にこの日本独特のコーダ記号をイギリスの開発者がなかなか認めてくれず困ったことがありますが、欧米製のソフトをそのまま使うと、日本風のコーダ記号を使うことができません。
もっと個性があふれる部分も楽譜にはあります。
上の図を見ると、それぞれ弧を描いた線があります。スラーと呼ばれる線ですが、これらの微妙な角度や位置関係。スラーをどう描くかというのも浄書をする人の腕の見せ所です。下のBがソフトが自動的に描いたもの(これでも数年前よりはすごくよくなりました)。Aはあとで手をいれたものです。自動的に描かれたものではうまく意図を表現できないことがあるのです。特に、薄黄で丸く囲った部分を見ていただくと感じがわかるかと思います。
これらの微妙な図形の角度や位置は、実際に鳴る音には関係がありません。しかし、その楽譜を実際に見て演奏する人や、文章の中で譜例として見る人にとって、見やすい見にくいといった影響がでます。まさに組版作業の字詰めなどと同じ感覚です。ワープロのプリントアウトを印刷したって文章を読むことはできるけれど、どこか読みにくい、というのと似ているかもしれません。
組版と似ているといえば、児童書の文字が大きいのと同様、子ども向けの楽譜は大きくすることがあります。大きくするといっても、ただ拡大すれば良いというわけではありません。五線の間隔と符玉(音符の先の丸い部分)の大きさの割合が、一般の楽譜と少し違います。
上の楽譜のAもBも同じ音符ですが、Bは子ども向けの仕様です。Aに比べると、音符の玉が五線の幅から少しはみ出しているのがわかります。
そして、書籍や雑誌に掲載する以上、決められたスペースに詰め込むということも必要です。美しく読みやすいのは当然ですが、それを無視してもどうしてもこのスペースに入れたい。特に雑誌ではよくあることです。いや書籍でもあります。何を隠そう、たぶん来月には出せる弊社の新刊。これに載せる楽譜が実に細かい。虫眼鏡で見たいくらいですが、楽器のパート数が非常に多いので、本の判型に収めるためにやむを得ず縮小。そんなこともあります。
そんな時は、試行錯誤しつつ、少しでも見やすい状況を維持しつつ音符をつめたり、記号などの位置を工夫するわけです。
こうした様々な細かい設定は、楽譜作成ソフトFinaleの中でもできるのですが、そこで設定しきれない場合も案外あります。そうすると我々は、FinaleからEPSデータを書き出して、Illustratorで調整します。完全に図形の世界ですね。最近は、Finaleの機能がアップしたので、Illustratorにもっていって調整ということも以前よりは少なくなってきたものの、それでもまだまだIllustratorに頼らなくてはならないことがあります。
Illustratorを使うと後で苦労することがあります。楽譜を作り上げたら、依頼してきた版元へ楽譜を送ります。受け取った編集者や著者が赤入れをしてくるわけですが、そこで大きな修正が入ると、Finale上で修正をしなくてはなりません。すると、苦労してIllustratorで作業した部分はイチからやり直しということになってしまうのです。やむを得ないことですが大変です。
他にも、楽譜を入力していると間違いに気づくこともあります。間違ったまま作るのもなんですから「間違ってませんか?」と連絡します。そういう指摘をしていくと、そのうち「間違ってるところあったら教えてください」と編集者から言われてしまうようになってきて、中には「間違えだらけだよ!」という例も……。いや、こっちだって間違うこともあるかもしれないから、お互い様です。
こんな風にして作った楽譜。最後にはEPSやPDFなどの画像データとして納品します。あとは、その版元が頼んだデザイナーさんや組版屋さんが、InDesignなどで画像データである楽譜をペタペタ貼り付けていくわけです。
ところが、専門の音楽書の中には、譜例だけでなく、本文中にも音楽記号などが複雑に入ってくるケースもあります。似たような譜例が山のようにあったりして、専門の人間でないと見間違えてしまう可能性が高いからです。そうした本の場合には、組版もいっしょに請けることがあります。やることの基本は普通の編プロと同じなのですが、必ず楽譜がからんでくるという点が普通の編プロとちょっと違ったところでしょうか。
こんな風に、日々楽譜に携わっています。おそらく我が社で、始業から終業までの間、誰も楽譜に触れなかったという日はないかもしれません。楽譜が一切出てこない本もいくつも出しているのですが、そんな気がします。
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というわけで、もし本の中に楽譜を載せなくてはならない!なんて時はご相談くださいませ。
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