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都市の緑は誰のものか
人文学から再開発を問う
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2024年9月15日
- 書店発売日
- 2024年9月10日
- 登録日
- 2024年7月2日
- 最終更新日
- 2024年9月10日
書評掲載情報
2025-02-08 (予定) |
図書新聞
3674 評者: 増田敬祐 |
2024-12-15 |
図書新聞
評者: 関礼子 |
2024-11-15 |
週刊読書人
評者: 横関隆登 |
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紹介
都市のあちらこちらで再開発の計画が持ち上がり、少なからず反対の声があがっている。社会科学や自然科学の研究者は問題点を指摘するなど活発に発言しているが、人文学の研究者からの発言はあまり表に出ていない。都市は人間が生活する場であり、そこには暮らしの歴史や物語がある。そう考えると、歴史学や倫理学、美学など人文学の研究者も何か語ることができるのではないか。そのような思いから、2023年6月に、神宮外苑再開発問題をめぐるオンラインセミナーが開かれた。
本書ではそのときの登壇者にあらたな執筆者をくわえ、10章構成で、それぞれの専門分野から、都市の自然と人間との関わりについて論じた。関係的価値、グリーンインフラ、将来世代への責任などのキーワードを軸に、具体的な事例を参照しながら幅広いテーマを扱っている。都市に生きる私たちにとって、持続可能な都市とは何かを考える一助となるだろう。
【内容】 場所の記憶から照射するジェントリフィケーション(北條勝貴)/人と深い関わりがある自然の保全の理念はどうあるべきか(鬼頭秀一)/都市における自然の価値(吉永明弘)/都市の生きた遺産としてのグリーンインフラ(太田和彦)/ヨーロッパの持続可能な都市の輪郭(穂鷹知美)/すべての生き物のためにデザインされた共存共栄都市へ(ルプレヒト・クリストフ)/将来世代にどのような都市を残すか(吉永明弘)/生活の時間と公園の時間(青田麻未)/場所や自然とどのような関係をもつべきか(高橋綾子)/より多くの人が都市を故郷と呼ぶ時代に向けて(太田和彦)
目次
まえがき
Ⅰ 神宮外苑再開発を問う
第1章 場所の記憶から照射するジェントリフィケーション(北條勝貴)
はじめに──文化財というアクターとの共生
1〈場所〉の記憶の可能性──なぜ文化財が大切なのか
2 明治神宮外苑地域の来歴──公共性の起源としての境界性
(1)外苑地域の地形と境界性(江戸~明治期)
(2)外苑地域における災害と公共性(大正~昭和期)
3 木を伐る心性の歪み──後ろめたさの喪失の行方
(1)木を伐るメンタリティの変質
(2)街路樹イチョウの意義
おわりに──樹木の記憶
第2章 人と深い関わりがある自然の保全の理念はどうあるべきか――自然の関係的価値の視点からの神宮「外苑」問題 (鬼頭秀一)
はじめに
環境倫理1・0の考えは、人と深い関わりがある自然の保全の理念になりえない
環境倫理2・0における「関係的価値」の重要性
「関係的価値」に基づく人と深い関わりがある自然の保全の理念
人と深い関わりがある自然に対して、どこまでの「介入」が許されるのか
「伐採反対」の論理だけでは対抗できない―「共有価値」の構築へ
関係的価値における「自然」の位置―「造り込む」ことから「半栽培」的対応へ
関係的価値の「主体」の問題―近代的所有権の見直しとコモンの再生
まとめ
第3章 都市における自然の価――「機能的価値」と「関係的価値」の視点から(吉永明弘)
はじめに
機能的価値と関係的価値
場所と風土の観点からの環境整備の規範
生物多様性保全を「関係的価値」から捉え返す
Ⅱ 持続可能な都市をめざして
第4章 都市の生きた遺産としてのグリーンインフラ(太田和彦)
1 都市のレジリエンスを高めるグリーンインフラ
グリーンインフラとは/レジリエンスとは
2 グリーンインフラの特徴
特徴①:緑地がお互いにつながっていて、複数の目的を果たす/特徴③:その地域の状況の理解から始まる/グリーンインフラの文化的・社会的価値
3 インフラ、ヘリテージ、レガシー
文化についての「生態系サービス」/「遺産」としてのグリーンインフラ/「遺産」と呼ばれることで、緑地や樹々の何が浮き彫りになるのか/ 都市のグリーンインフラを「遺産」としても可視化する
第5章 ヨーロッパの持続可能な都市の輪郭――気候変動への対応、スクラップ&ビルドしない再開発(穂鷹知美)
1 気候変動時代の都市
都市の重要課題となった気候変動への適応/スポンジシティ
2 スクラップ・アンド・ビルドしない再開発
スクラップ・アンド・ビルド型の開発の問題点/ラーガープラッツの再開発/テンポラリーユースがもつ可能性/ステークホルダーの自主性と協働/再開発における時間という要素
3 高まる緑の重要性と都市の選択
都市を形づくる緑/ブリコラージュとしての建築/人々の声を吸い上げるしくみ・反映させる手法/未来までの留保という選択肢
第6章 すべての生き物のためにデザインされた共存共栄都市へ――マルチスピーシーズ都市とはなにか(ルプレヒト・クリストフ)
1 都市における人と自然
都市自然に気づいた生態学者/ 空き地で遊ぶ子どもたち/人間以外の様々な都市住民
2 生き物のつながりから世界をみる
人文・社会科学に革命を起こす先住民の叡智/相互依存から持続可能性を考え直す/地球を壊さない都市がありえるか?
3 生き物のつながりから都市を考える
ミツバチにとって世界一安全な都市と生き物のためのインフラ/多様な生き物のブッフェとなるエディブル・ランドスケープ
4 生き物とのつながりを楽しむ未来の都市
縮小都市が栄える時代/極端な気候と多肉植物の教え/物語から生まれる想像力と未来の都市
第7章 将来世代にどのような都市を残すか――杜の都・仙台の実践(吉永明弘)
はじめに―未来に向けた問い
ポイントは樹冠被覆率を上げること
仙台市建設局百年の杜推進部公園管理課へのヒアリング
石出慎一郎氏のレクチャー
専門家による管理と市民参加
Ⅲ 美学と詩学から人と自然との関わりを考える
第8章 生活の時間と公園の時間 (青田麻未)
都市における自然がもつ美的意義
変わりゆく都市の変わらないもの
美学の視点から見る都市の再開発と公園
「親しみ」と「新奇さ」
都市の時間
余暇の時間
自然の時間
自然が有する時間を感じる経験
自然と一体化している自分自身を感じる経験
おわりに――「再開発」ということば
第9章 場所や自然とどのような関係をもつべきか――生態地域主義と環境詩学の視点から(高橋綾子)
はじめに
1 環境思想とエコクリティシズム
2 北米での場所の議論――スナイダーの生態地域主義の実践を通して
人間中心主義から生命中心主義へ/「自然の国」に定住する意味/場所から惑星へと展開する思考
3 土地、樹木、人々との関係を問いなおす日米三詩人の作品
土地と人間との断絶を描く高良留美子『しらかしの森』/汚染の不条理を表象する和合亮一「凍れる木」 /ブナと人間との新しい関係性を生み出すC・Dライト『深い影を落として』
おわりに
終章 より多くの人々が都市を故郷と呼ぶ時代に向けて(太田和彦)
1 世界人口の半分以上は都市に住んでいる
2 各章のまとめ――都市のなかの人々と自然とのさまざまな関係
3 都市と自然の関係的価値を都市計画や政策にどう反映させるべきか
方向性1:市民参加と協働を促す
方向性2:関係的価値を制度・仕組みのなかに組み込む
方向性3:緑地のさまざまな価値への理解を共有する
方向性4:歴史的建造物や古木・古道などの保全と緑地整備を組み合わせる
方向性5:関係的価値の評価手法を開発する
方向性6:多様な主体の役割と関心を把握し、その接点をデザインする
さらに深く知るための理論的枠組み
都市と自然をよく知るためのブックガイド
あとがき
前書きなど
倫理学に「ゴッホの絵を燃やしてよいか」という問いがあります。正当な手続きを踏んで購入し、自分の所有物になったゴッホの絵画を、所有者が自らの一存で焼却処分することは妥当でしょうか。あるいは所有者が亡くなった後、遺言書に「棺に入れて一緒に燃やしてほしい」と書かれていたら、それに従うべきでしょうか。そのような事態になったら、おそらく多くの人が「やめてほしい」と言うでしょう。
確かに、そのゴッホの絵は所有者のものであり、所有者が何をしようと自由です。どの部屋に飾ろうとも自由であり、蔵の中にしまい込んでおくのも自由です。しかし、芸術品として一般に認められたものを、燃やすことによってこの世界から消滅させる自由が所有者にあるのはおかしい、という感覚もあるでしょう。芸術品には公共的な価値があり、言い換えれば、「みんなのもの」という側面があります。そこから、通常の消費財とは違って、所有者が勝手に処分しようとすると疑問の声があがり、非難の対象にすらなります。
「みんなのもの」と見なされているものが、知らないうちに処分される。現在行われている都市再開発に対する批判の焦点はここにあります。街並みの改造、公園の改造、古い建物の解体、都市内の樹木の伐採に対する批判は、「みんなのもの」が勝手に壊されることに対する批判といえるでしょう。
ゴッホの絵を所有者が焼却処分すると非難の対象になるのと同じように、風致地区や公園といった都市にとって重要な場所は、行政が勝手に改造してはいけないはずです。そういった場所は「みんなのもの」であるという認識をもち、制度的に保障し、その制度を遵守することが求められています。
ここで「みんな」とは誰なのかについて考えてみましょう。公園であれば、「みんな」には、近隣住民や利用者が該当します。ステークホルダーと呼ばれる人たちです。公園を改造する際に、ステークホルダーの意見を尊重することは必須と思われますが、現状ではきわめて不十分です。加えて「みんな」のなかには、そのようなステークホルダーにはとどまらない人々が含まれるべきです。
まず、過去にそこに住んでいた人々、そして過去にその地域の設計に関わった人々がいます。その人々は、その地域にとって重要な人々です。今はもういない「過去世代の人々」です。良好な場所や景観は、一朝一夕にできるものではありません。今私たちが享受している場所や景観は、過去の人たちが作り出したものです。一方では過去の人たちの丁寧な設計によってつくられたもので、他方では過去の人たちの暮らしによって自生的にできあがったものです。この過去の人々がつくってきた場所や景観を私たちの世代が安易に「全面リニューアル」してよいのでしょうか。この場所や景観は「過去世代の人たち」のものでもあります。彼らの設計や生活の跡を引き継ぐことが、レガシーを活かすということでしょう。
次に、「みんな」のなかには、人間以外の生きものが含まれます。当然ながら、農山漁村だけでなく、都市の中にも「自然」があり、そこには人間以外の生きものが生息しています。人が植えたか自然に生えてきたかにかかわらず、樹があれば虫がつき鳥が来るものです。それは自然がそこにあるということです。都市には人間以外の生きものもそれぞれの場所に適応して住んでいます。それを急激に変えることは、さまざまな生きものに大きな影響を与えるでしょう。都市は人間だけのものではないのです。
最後に、「みんな」のなかには、将来ここで生まれて育っていく世代が含まれます。現在ここに住んでいる人が死んだら消滅するものではなく、次の世代が同じ場所に住むことになります。したがって、現在住んでいる人が、現在のことだけを考えて場所づくり・景観づくりを行ったならば、ことによると将来世代に大きなツケを回すことになります。今後ますます進んでいく地球温暖化(今や地球沸騰化とまでいわれています)に現在の都市計画は対応できているでしょうか。あるいは少子高齢化が進む中で現在の住宅政策は適切でしょうか(空き家が増えているのをどうするのでしょうか)。都市には将来を見据えた政策が必要です。このような観点から、「みんな」のなかには将来世代が含まれるといえます。
ひるがえって、現在各地で進行している都市再開発を見ると、ステークホルダーに対する情報開示や意見聴取がなおざりにされているのに加えて、過去世代、人間以外の生きもの、将来世代に対する配慮が欠けているように思われます。
ではこの現状に対して、学術界からどのような応答ができるでしょうか。近年、都市計画、建築、環境植栽学、環境アセスメントなどの分野の研究者たちが、神宮外苑再開発問題を中心に、都市再開発について積極的に発言を行っています。また社会科学の分野からも、典型的には資本主義の問題として、現在の都市再開発に対する批判がなされています。
それに対して、人文学の研究者は、これまで都市再開発についての発言は少なかったといえます。しかし、先に述べたような過去世代の事績の研究、人間以外の生きものとのかかわりの研究、将来世代への配慮の研究は、歴史学、美学、文学、地理学、環境倫理学という分野が正面から行ってきたことです。だとすれば、都市再開発について、人文学の観点から独自の発言ができるはずです。
このような問題意識のもと、この本の編者(太田和彦、吉永明弘)を事務局として、二〇二三年六月二三日にワークショップ「人文知の視点から見た神宮外苑再開発問題」をオンラインで開催しました。当日は北條勝貴(歴史学)、鬼頭秀一(環境倫理学)、吉永明弘(環境倫理学)、青田麻未(環境美学)が発表を行いました。そのときの発表を土台に、ルプレヒト(地理学)、穂鷹知美(環境史)、高橋綾子(環境詩学)、太田和彦(環境倫理学)による原稿を加えて、本書が完成しました。
第1部「神宮外苑再開発を問う」には、ワークショップでの発表をもとにまとめられた論考を収録しました。第2部「持続可能な都市づくりを目指して」には、海外の動向をふまえながら、これからの都市のあり方について示唆を与える論文が並んでいます。第3部「人と環境との関わりを美学と詩学から考える」には、人文学のコアな部分からの論考が掲載されています。寄稿者の皆様にこの場を借りて御礼申し上げます(なお敬称は略させていただきました)。
本書によって、都市とそこに住む人々(および他の生きもの)に対する認識が広がり、視野狭窄(今だけ、ここだけ、自分だけ)に陥っている近年の都市再開発に一石を投じることができれば幸いです。
上記内容は本書刊行時のものです。