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ザクセンの鉄道博物館
鉄路の上の東ドイツ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2024年12月13日
- 書店発売日
- 2024年11月18日
- 登録日
- 2024年10月11日
- 最終更新日
- 2024年11月18日
紹介
ドイツ鉄道博物館の奥座敷へようこそ
懐かしさとロマンがあふれるヨーロッパの鉄道物語
使用写真511点。1950年代初期の東ドイツ路線図などの、希少資料が満載
かつて蒸気機関車は、貨車に産業の発展を積み、客車に市民の日常生活を載せて、力強く疾走した。今日では車に主役の座を譲ってしまったが、鉄道は確かに近代社会の勃興と発展を牽引していた。蒸気機関車をはじめとするかつて活躍した花形車両たちの現在の静かなたたずまいは、そうした歴史的事実を眼に見える形で物語る。
その事情は、かつて1949年から1990年まで存在した「東ドイツ」(ドイツ民主共和国、DDR)でも変わらない。むしろ「鉄のカーテン」に隠れて見えなかった旧社会主義国でこそ、そこでの社会や人々の日常がどのようなものだったのかを、鉄道車両は、その社会の外側にいた人々に教え、また内側に暮らしていた人々に思い出させてくれる。ドイツ語で「東」をあらわす「オスト」(Ost)と「郷愁」をあらわす「ノスタルギー」(Nostalgie)の合成語で「オスタルギー」(Ostalgie)という言葉がある。東ドイツという国家が存在した時代と当時の事物への郷愁を意味する造語だが、現役を引退した鉄道車両はそのオスタルギーの中心的なアイテムだ。
そうした産業上の、あるいは歴史的・文化的な役割を果たしてきた鉄道車両を、近代の産業遺産として積極的に残していこうとしているのが「鉄道博物館」だ。とりわけドイツ東部のザクセン州にいくつかある鉄道博物館は、「東ドイツ鉄道」時代(1949~94、日本の国鉄よりも歴史が長い)の車両ばかりではなく、可能な限り時代を遡って古い車両を保存・修復し、静態展示あるいは動態展示している。ザクセン州の州都ドレスデンで毎年春に開催される「蒸気機関車フェスティバル」には、勢いよく煙を吐いて走る機関車見たさに、ヨーロッパ各地から多くの観光客が集まる名物イベントとなっている。
本書は、ザクセン州ばかりではなくドイツ各地の鉄道博物館をくまなく探訪し、史料をあまねく渉猟した著者にして初めて可能な、ドイツ人もビックリの唯一無二の東ドイツ鉄道本である。掲載された511枚の写真から、オスタルギーとともに、海をも越える「鉄オタ」の情熱を感じてほしい。
目次
《口 絵》
東ドイツ時代のザクセン地方の鉄道路線図
第1章 州都ドレスデンは鉄道がお好き
第2章 エルツ山地の鉄道博物館 シュヴァルツェンベルク鉄道博物館
第3章 現役のターミナル ライプツイッヒ中央駅の流線形気動車
第4章 工業都市ケムニッツのザクセン鉄道博物館
第5章 フェルドバーン ザクセン鉄道博物館の産業用軽便鉄道部門
《本 文》
第1章 州都ドレスデンは鉄道がお好き
1. ドレスデン蒸気機関車フェスティバル
2. 鉄道博物館の始まりとドレスデン交通博物館
3. 東ドイツの鉄道車両保存
4. 東西ドイツ統合後の車両保存
第2章エルツ山地の鉄道博物館 シュヴァルツェンベルク鉄道博物館
1. シュヴァルツェンベルクをめぐって
2. シュヴァルツェンベルク周辺の鉄道史
3. シュヴァルツェンベルク鉄道博物館の成立に向けて
4. 展示施設としての充実と発展
5. 蒸気機関車50 3616 号機の動態保存
6. 個性豊かな保存車両
第3章 現役のターミナル ライプツィッヒ中央駅の流線形気動車
1. ライプツィッヒ中央駅とは
2. ライプツィッヒ中央駅を歩いて
3. 24番ホームの保存車両とドイツの高速気動車網
第4章 工業都市ケムニッツのザクセン鉄道博物館
1. ケムニッツをめぐって
2. ザクセン鉄道博物館について
3. ザクセン州で製造、運用された東ドイツ国鉄の高速気動車ゲルリッツ形
第5章 フェルトバーン ザクセン鉄道博物館の産業用軽便鉄道部門
1. フェルトバーンとは
2. ザクセン鉄道博物館の産業用軽便鉄道の展示を見てみると
3. 様々な車両の復元作業について
前書きなど
ドイツ鉄道の奥座敷に足を踏み入れて
ドイツには、鉄道博物館(Eisenbahnmuseum)や交通博物館(Verkehrsmuseum)といった鉄道関連の展示施設が各地に存在しており、ニュルンベルクの交通博物館やベルリンのドイツ技術博物館などは、日本でも広く知られている。しかし旧東ドイツ圏であるザクセン州にも、東ドイツ時代に開館したドレスデン交通博物館はじめ、鉄道博物館が各地に点在しているが、紹介される機会は少なく、なんとももったいなく感じている。ザクセン州の鉄道はニュルンベルクにつづき、ドイツで2 番目に開通しており、路線網を拡大させつつ、チェコとの国境地域に横たわるエルツ山地の鉱山開発や、ケムニッツやツヴィッカウをはじめとした工業都市の発展に貢献し、市民の生活を支えながら、今にいたっている。ザクセン州は、そんな鉄道を貴重な文化遺産として、後世へ残す意識や活動が一際強いようで、特徴ある外観をした車両やかつての姿そのままの建物が多数保存、展示されている。また展示環境も、ドレスデン交通博物館のように宮殿や寺院が立ち並ぶ市街地中心部のみならず、現役のターミナル駅の一角を保存スペースに転用しているもの、廃止された機関区の扇形庫や転車台といった設備を活用したものなど様々になり、営業路線と接続されている館では、所有している動態保存機関車の運転も実施するなど、各館の個性を際立たせている。
訪問のたびに新しい発見や強烈な印象を与えてくれるザクセンの鉄道博物館だが、展示物の多くが東ドイツ国鉄(Deutsche Reichsbahn)に関係していることも、興味をそそられる大きな要因だろう。東ドイツ国鉄は1949 年に設立し、西ドイツ国鉄(DeutscheBundesbahn)との統合により、1994 年にドイツ鉄道(Deutsche Bahn AG)が設立され、その歴史を終えている。東ドイツ国鉄について本邦で、これまで十分に紹介されてきたとは言い難いだろう。存在していた頃は鉄のカーテンの向こう側であり、当時の東ドイツ訪問記を読んでも、蒸気機関車の撮影をしようと沿線で用意をしていると、どこからともなく現れる紳士に声をかけられ、駆けつけた警察官に注意を受けるなど、鉄道どころではない緊張感に満ちた描写が多い。そして東西ドイツ統合後にようやく見えてきた東ドイツ国鉄の姿は、煤すすにまみれ、物資不足のため高速化はもとより、保守すら不十分な状態であり、時代遅れの一言で済まされる傾向が強いようだ。この技術面、設備面の遅れに加え、安全性の確保にすら事欠く東ドイツ国鉄だったが、そんな軽々しい一言では語れない何かがあるように感じている。そもそも44 年間の歴史は、公共企業体としての日本国有鉄道の1949(昭和24)年設立から1987(昭和62)年分割民営化まで、38 年間のあゆみよりも長いのだ。知らなくて良いものと結論づけられるものでもないだろう。ドイツの鉄道を知るには、その前身である東ドイツ国鉄が、どのような環境、設備、そして車両で運営されていたのか、これらを理解することは避けられない。また幹線や大都市圏のみならず、地方路線について知ることも、普段着の東ドイツ国鉄の姿を知るに欠かせないと思われる。現地に足を運び、残されたものを見て、当時の状況をより正確に把握することが求められるのではないだろうか。
幸い、東ドイツ国鉄の歴史は、額に納めるには乾ききっていない近い時代であり、ザクセン州の鉄道博物館には、ついこの間まで使用されていた建物や蒸気機関車はもちろん、客車や貨車、事業用車両まで幅広く保存されている。第二次世界大戦前から東ドイツ時代の面影を色濃く感じられる様々な展示環境は、「あの時の東ドイツ国鉄を知る」に応えるものと確信している。本書では博物館単体ではなく、新たな魅力やその時代の状況などが垣間見られることを願い、周辺の鉄道路線や博物館開館にいたった前史、展示車両の履歴も記し、より多層的な理解をはかれるよう心がけた。個性豊かな車両はもとより、訪問するまでに使用する路線も、足を踏み入れ、耳を傾けると、これまでのあゆみや現状へと至った道のりを多弁に語りだすように感じている。「あなたはあの時どうしていましたか?」など様々な問いに対する答えを、おしゃべりな車両や設備たちに、本書を通じ、耳を傾けていただけると幸いに思う。
2024 年秋 著者しるす
上記内容は本書刊行時のものです。