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ユーラシアの歌
原郷と異郷の旅
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2022年11月25日
- 書店発売日
- 2022年11月25日
- 登録日
- 2022年10月31日
- 最終更新日
- 2022年11月24日
紹介
作曲家でコントラバス奏者の著者が、ロシアやトルコを皮切りに、韓国、中央アジア、中東欧と、ユーラシア大陸を転々としながら音楽を創作していく過程を綴る。各地のフォークロアや民謡、共演した現代アーチストの息吹に触れながら、個々に分断され閉塞する日本に生きる自らの死生観を問い直す、長い旅の記録である。
各地のアーチストの演奏や、著者が主宰する音楽詩劇研究所の「ユーラシアンオペラ」のシーンを、QRコードで多数収録。楽譜に載らない音や歌の数々を詳細な解説付きで体験できる一冊。
目次
はじめに 囁きはじめたユーラシアの風と歌
0 道の始まり
1 イスタンブールの喧騒
2 continental isolation/都会の沈黙
3 音の記憶・声の記憶
4 民謡から神無き時代の「神謡集」へ
5 旅と音楽
6 拙い語学力、未知なる音との遭遇
7 外「国」人
8 異邦人の耳 明治の音
9 ワールドミュージックブームの体験
10 ロシア、東欧、社会主義
11 ユーラシアに訊ねる
第一部 ユーラシアンオペラ=神なき時代の神謡集
第1章 死者のオペラ「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」
1 ミュージック・ポエティック・ドラマ(音楽詩劇)とは
2 小説『アルグン川の右岸』
3 北方狩猟民族エヴェンキ
4 死者のアリア「歌と逆に、歌に」
5 河原から死を告げる声 心中天網島
6 初演「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」
◆「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」登場人物
第2章 アルメニア・モスクワ音楽創作記 2016
〈エレヴァン編〉
1 トルコのコーヒー占いによると
2 コミタスと世界で一番哀しい音色
3 エリヴァニ―禁じられた声
4 朝のヴォトカ
6 アルメニア古謡と「天女羽衣」
〈モスクワ編〉
1 モスクワでつげ義春を思い出す
2 アヴァンギャルドが宿る場所
3 ウクライナの真珠、アーニャ・チャイコフスカヤとの出会い
4 二つの子守唄 古謡のない日本
5 二つの湖へ
◆ユーラシアンオペラを彩る海外アーチスト①アーニャ・チャイコフスカヤ
第3章 シベリア・トルコ・ウクライナ音楽創作記 2017
〈バイカル編〉
1 重なり合うウイグルの人たち
2 バイカルプロジェクト、日本からのツアーメンバー
3 シベリアの音楽家との出会い
4 イルクーツクのパンク少女
5 ネオシャーマニズムと遊牧民の歌
6 囚人の歌
7 バイカル湖を越えて
8 ザバイカル民族学博物館
◆古儀式派セメイスキーと先住ブリヤート族の音楽
9 「機材が燃えたので、できません」 ボイス・オブ・ノマド
◆「遊牧民の声」
10 チベット密教とレーニン像のある街で
11 ラーゲリの家族劇場
12 顔たち 遊牧の民の末裔
◆ユーラシアンオペラを彩る海外アーチスト②マリーヤ・コールニヴァ
〈黒海編〉
1 懐かしいイスタンブールの大声
2 トルコ歌謡と日本歌謡
3 ガラタ橋のセロニアス・モンク
4 アジアの両端 イスタンブール=釜山
5 大陸の雷魚 東西アジアの声
6 骨の振付家との再会
7 イスタンブール・ミーティング
8 ボスポラスの響きと地を這う声
9 ユーラシアンオペラを夢想した街で
◆ユーラシアンオペラを彩る海外アーチスト③サーデット・チュルコス
10 オデッサの舞踏フェスティバルへ
11 ジャズ誕生の街?
12 ウクライナの舞踏家たちと
13 白塗りダンサーたちの多言語子守唄
14 世界初の女性飛行士 サビハ・ギョクチェン
◆ユーラシアンオペラを彩る海外アーチスト④ドミトリー・ダツコフ
第4章 シベリアに訊く 2017
1 イルクーツクの実験音楽祭に出る
2 シベリア暮らしと平均寿命
3 エイジアン・フリー・フォーク四重奏団
4 千の声の祈り トゥバ共和国のサインホ・ナムチラクと日本人墓地へ
5 唯物論的な墓を歩く 128
6 バイカル人間模様
第5章 ユーラシアンオペラ「Continental Isolation」2018東京
1 文字・女性・即興
◆「Continental Isolation」ストーリー
2 アーニャ・チャイコフスカヤと マレビト来訪
3 サーデット・チュルコズと マレビト来訪
4 マリーヤ・コールニヴァと マレビト来訪
5 サインホ・ナムチラクと マレビト来訪
6 ユーラシア交響
◆ウクライナ 老婆の「泣き歌」
第6章 岩手山に祈りつづける「シャーマン」
1 ミュージック・フロム・モリオカ
2 五体投地から始まったサインホの旅
3 民謡酒場と化した小料理屋
4 シャーマンからのメッセージ
5 I am a shaman of my life
第7章 タタールスタン・ロシア「草原の道」音楽創作記2019
〈タタールスタン編〉
1 男たちのアトリエ inカザン
2 マリ人の聖なる湖の上で フレーブニコフ追憶
3 ヴォルガのマラルメと
4 チュヴァシ民謡と与謝蕪村
5 「去り行く」三陸・宮古
6 「失われた7つの音」を踊るダンサー
7 架空の民族 歌のない歌
〈ロシア編〉
1 全身音楽家 オレク・カラヴァイチュクのこと
2 ソ連時代の非合法アジト 「アートセンター」という場所
3 サインホとペレストロイカ
4 ウクライナ古謡の世界と熱狂「アウクツィオン」ライブ
5 アレクセイ・クルグロフと世界の即興音楽
6 小さな美術館で聞いたカザフスタン大統領の辞任
7 フリーセッションの面白さ
8 禊・大斎・マースレニッツァ・どんど焼き
9 森のなかのアートレジデンス
10 街の小さな博物館
11 ロシアの霊性1 雑木林と雪道で考えた
12 ロシアの霊性2 おやじの十字架
13 バシコルトスタンのトランペット奏者、ユーリ・パルフェノフの眼
14 キャンディーズ in モスクワ
15 テングリ・ヴァージョン「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」
◆シャーマンの楽器に宿る霊性とユーラシアの天空崇拝
第二部 うたものがたり 口承芸能・民謡を巡って
1 独り唄の源流
2 「死者の歌」から「夢の歌」へ
3 「楢山節考」と「日本春歌考」
4 マテリアルな響きとともに
5 フォークソング(民謡)にならない声
6 韓国民衆芸能のダイナミズム
7 ユーラシアンオペラとしてのパンソリ
8 「安里屋ゆんた」と春香伝
9 韓国のロミオとジュリエット
10 和人のユーカラ/サハリンのアリラン
11 オタスの杜
12 文字のない歌 中島敦の「狐憑」とル・クレジオ
◆日本の歌の原像を想像するための4冊の参考書
◆西洋人が日本に聴いた「明治の音」
第三部 安寿と厨子王、カザフスタン・韓国へ
第1章 カザフスタンへの道 「山椒大夫」と「デデコルクト」
1 上演実現の経緯
2 ロシアの高麗人、ミハイロヴァとともに
3 シャーマンの楽器コブスで語る説経節
4 セミパラチンスク核実験場と前衛音楽家レートフ
5 ユーラシアンオペラ版「さんしょうだゆう」ストーリー
◆ユーラシアンオペラを彩る海外アーチスト⑤アリーナ・ミハイロヴァ
第2章 「さんしょうだゆう」創作日誌2019 カザフスタン
1 アルマティへ
2 高麗人の唄
3 高麗人の丘で
4 2種類のコブス
5 デュエット 奇跡の詩
6 カザフスタンの若手女子弦楽四重奏団
7 踊る遊牧民の末裔たち
8 遊牧の国で馬と対話する
9 オプティミズム 伝説のサイケロック歌手エゴール・レートフ
10 ペシミズム 失語 石原吉郎
11 吉郎と清志郎
12 安寿の失語 ダウン症のアーチストとともに
13 ソヴィエトロックの英雄ヴィクトル・ツォイ 戦争
14 「歌はあなたのために世界の扉を開きます」
第3章 韓国への道 さんしょうだゆう―沈清歌
1 韓国との出会い シャーマン音楽―韓国プロ野球―演歌
2 韓国語のわからない私
3 「さんしょうだゆう」から「沈清歌」へ
4 鄭梨愛とパンソリ
5 「正歌」の歌手との出会い
6 「この国に、近代はありません」
7 ふたたび「イマジン」
創作ドキュメント2019韓国 改作「さんしょうだゆうin韓国」」ストーリー
〈0 チャガン湖 Kazakhstan〉
1 誕生 福島 Japan
2 離 新潟 Japan
3 人魚 東海(日本海)6
4 盲、アイヌコタン 北海道 Japan
5 寒 サハリン/樺太 Russia
6 邂逅、 Ice road (韃靼海峡)
〈インタリュード シベリア・ザバイカル Russia〉
7 一九三七 ウシトベ Kazakhstan in USSR
8 受難 佐渡島 Japan
9 沈、印塘水 Korea
10 着、済州島 Korea
〈0「チャガン湖」 Kazakhstan―不忍池 東京―福島〉
第4章 「さんしょうだゆう」その後
1 ワルツ
2 原郷と異郷の旅
◆私の「わが西遊記」
第四部 埼玉発のユーラシアンオペラ
1 円形劇場または広場にて
2 ワラビスタンに暮らす
3 トルコの前衛が教えてくれたクルドの歌
4 クルドの娘が教えてくれた「クルドの娘」
5 もうひとつのユーラシアンオペラ
6 強いられた沈黙から
7 2022年の円形劇場
◆「これは音楽なのだろうか……」
トルコの振付家とのイスタンブールの日々 2011~2013
最終章 日本舞踊家西川千麗の夢想、あるいは教え
1 ジュネーブの夜
2 書簡(Eメール)
3 孤独
4 アールブリュット
5 ジュネーブ 2013年12月
6 京都 2012年12月
7 「孤独の散歩者の夢想」
8 声 パリ 東京
あとがき
年表
付録 索引
前書きなど
はじめに 囁きはじめたユーラシアの風と歌(一部)
0 道の始まり
2011年 アタテュルク空港 イスタンブール
リハーサルのためにくりかえし往復していたトルコのイスタンブールから帰国するときのこと。アタテュルク国際空港のモスクワ経由便チェックインカウンターはモンゴル、アルタイ方面からとおぼしき人々で溢れ返っていた。日本で身近な存在に喩えると、モンゴル出身の屈強な力士のような体型と顔立ちで、観光旅行者の顔でもなく、大量に買い物をしたのか、剥き出しの荷物をたくさん持っている。闇商売の物品でも持ち帰ろうとしているかのようだ。
人々は移動し、物が流れる。
親近感を覚え、この地では聞き慣れない言葉の響きに身を委ねていると、そこにはときどきロシア語も混じる。手に持ったパスポートを覗き込むとキリル文字が見えた。ギリシャ文字起源のロシアの文字だ。アジアの人々がロシア語やキリル文字を使う様子に、ソヴィエト連邦が制圧を重ねながら、単一国家の枠組みを超え、社会主義によるインターナショナリズムを確立しようとしていた歴史をあらためて感じた。
アメリカ、ヨーロッパの価値観と様式に囲まれた日本で育ち、当たり前のようにローマ字や英語のある生活をしている私たちだが、欧米の人々より本来よほど親しみを覚える顔をしたアジアの人々が、ロシアの文字を使い、その言葉を喋っていることは想像しにくい。東西に横たわるユーラシア大陸では、ソ連、中国という社会主義の大国が、面積でも影響力でも大半を占めていたことを、いまさらながらに思う。同時に、冷戦のパワーバランスによって日本がそこに組み込まれなかったことが、地理的に考えれば奇跡とも思える。あるいは第二次世界大戦以前に遡り、東アジアの共同体を目論んでいた日本がそれを達成していたら、空港で見たロシア語を話すアジアの人々の多くは、ともすれば日本語を喋り、漢字か平仮名のパスポートをもっていたかもしれない。日本名をもつ在日コリアンの友人を思い出しながら、そんなことを思った。
第二次世界大戦もその後の冷戦も、グローバリズムの新たなパラダイムのなかで、20世紀の過去の出来事として遠ざかってゆく。しかし、アジアとヨーロッパが同居する国際的な観光都市イスタンブールの空港で、そのような歴史は過去のものではないことを感じていた。
日本人観光客もいた。ツアーバッジを付けた旅慣れない感じの初老の夫婦が2組ほど。人生のご褒美に旅をしているのであろうか、その様子は愛おしい。そこにひとり、旅行者でも、ビジネスといえるほどの気概もなく、まして政治的なディアスポラでも亡命者でもなく、この人の群れの中に佇んでいる一音楽家の自分がいる。中央アジア、シベリア、極東ロシア、中国、韓国、日本と、見えていなかったユーラシアという空間を、私はアジアの西端で実感した。
かつて西と東を結んだシルクロードなどの古の道は、いまは見えない。道なき道に潜んで眠っている音たちを、私は聴きたい。そして、その道を歩む人たちとともに作品をつくってみたい。私はのちにそれを「ユーラシアンオペラ」と名づけた。
(略)一盲女がうたったこのありふれた歌が、異邦人であるわたしの心に、これほど深い感情をよびおこしたというのは、どういう理由であろうか。これはきっと、あの歌い手の声のなかに、一つの民族の経験の総和よりも大きな或るもの――人間生活ほども大きく、善悪の知識ほども古い或るものに訴えることのできる素質があったからであろう。(ラフカディオ・ハーン)
これから本編のなかで展開するのは、ユーラシアンオペラの創作を通して音楽を想像し、創造していくドキュメントである。それは伝統音楽、伝統文化、民族、国家の枠を越えたフォークロアと未来を繋ぐ旅=音楽だ。ユーラシア大陸や日本のさまざまな音楽文化やアーチストを紹介しながら、その大地の底で渦巻き、生命を駆り立てて律動するものについて考察していく。
記録されてスピーカーから流れる音源となった音楽を否定するのではない。私自身それらを存分に享受もしているが、そこにはない音楽のありようや、現在を生きる各地のアーチストとの交流から生まれる新たな音楽を伝えたくて、この本を書こうと思い立った。
洋の東西を繋ぎ、文化の交流や交通の要であったユーラシア大陸、とりわけ私が旅を続けたロシアや中央アジアには、そんな音楽のありようがまだまだ息づいていた。私たちはコラボレーションを通じ、ときにはインターネットでやりとりしたり、実際に語り合ったりしながら、まだ立ち現れない「夢の歌」を探し求めた。
本書では、さまざまなコラボレーションにおける想像や創造の生々しいプロセスを伝えるべく、なるべく客観的な事実やデータに基づいた記述を心がけている。しかし、私の想像の飛躍による事実誤認も存在するかもしれない。また、なるべく多くの音楽や音楽家を紹介するため、固有名詞や音楽用語を詳細に書きすぎているきらいがある。それらのことを先にお断りしなくてはならない。これらのキーワードについては別冊の索引も参考にしていただければありがたい。私自身あらためて索引を眺めながら、いくつかをランダムにピックアップし、繋げてみると、それだけで聴いたことがない新しい音楽が聴こえてくるようだった。読者の皆様の想像によって新たな未知の音楽、「夢の歌」が生まれる一助になれば幸いである。
上記内容は本書刊行時のものです。