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九月はもっとも残酷な月
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 書店発売日
- 2024年8月26日
- 登録日
- 2024年6月2日
- 最終更新日
- 2024年8月26日
紹介
映画「福田村事件」監督の最新時評集。関東大震災後に起きた朝鮮人虐殺を見つめ、ウクライナやガザに煩悶する。「〈僕〉や〈私〉の一人称が、〈我々〉〈国家〉などの大きな主語に置き換わるとき、人や優しいままで限りなく残虐になれる」と著者は言う。映画公開前後の日々から独自の映像創作論、初めて福田村事件をとりあげた伝説のエッセー「ただこの事実を直視しよう」も収録。その他、入管法やイスラエル・パレスチナ問題、東アジア反日武装戦線など、時事ニュースの奥に潜む社会の核心に食らいつく。
目次
Ⅰ 忘れられた加害と想像力
ただこの事実を直視しよう
大量虐殺のメカニズム
映画は観た人のものになる
表現は引き算だ
高野山の夜
忘れられた加害
反日映画の条件
一年ぶりの釜山
オウム以降と親鸞
北京国際映画祭
Ⅱ リアリティとフィクションの狭間で
嫌な奴だと思っていたら嫌な奴に編集できる
天皇小説
テレビに場外ホームランはいらない
「テロ」の定義
三人の兵士たち
『オッペンハイマー』は観るに値しない映画なのか
Ⅲ ニュースは消えても現実は続く
事件翌日の夜に
危機管理に目を奪われて転倒
世論とメディアの相互作用 入管法改正前夜
ピースボートは社会の縮図だ
イスラエル・パレスチナ問題を考える
すぐに消える大ニュース コロナから裏金まで
世界はグラデーションだ
地下鉄サリン事件は終わっていない
「味方をしてくれというつもりはない」 パレスチナ難民キャンプ
パレスチナと愛国心
Ⅳ 無限の自分を想像すると少しだけ楽になる
くすぶり続けるもの 『いちご白書』
平壌から
自由か安全か
多世界を思う
死刑囚になった夢の話
修業時代
ティッピング・ポイント
北朝鮮ミサイル発射!
桐島、活動やめたってよ
ゴッド・ブレス・アメリカ
前書きなど
二〇〇二年、関東大震災時に福田村(現在の千葉県野田市)で起きた惨劇を僕は知った。当時はまだテレビの仕事もしていたから、一五分ほどの報道番組の特集枠ならば放送できるだろうかと考えた。でも結局、テレビではこの企画に同意してくれるプロデューサーは見つからなかった。だから翌年に刊行された『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(晶文社)に、福田村事件について書いた「ただこの事実を直視しよう」を収録し、この本は二〇〇八年に筑摩書房で文庫化された。
ドキュメンタリー映画『FAKE』を発表した二〇一六年、次はドラマを撮りたいと僕は考えた。そのときに思いついた企画のひとつが福田村事件だ。ドキュメンタリー映画として成立させるためには資料も証言者も乏しすぎるが、ドラマなら可能だと考えたのだ。
(中略)
予想はしていたけれど今年の夏は暑い。暑いじゃなくて熱い。子どものころから夏が大好きで暑ければ暑いほど口もとが弛み秋の始まりには軽い鬱になるほどに夏が好きな僕も、炎天下で往来を歩きながら「さすがにこれは……」と思わず吐息が洩れるほどに熱い。
でも季節は巡る。九月一日になれば、映画『福田村事件』の公開から一年が過ぎることになる。震災後に虐殺された朝鮮人たちへの追悼文を頑なに拒否し続ける小池都知事は再選を果たし、アメリカ大統領選ではバイデンはついに撤退を宣言して「もしトラ」は「ほぼトラ」へとギアを換え、イスラエル国軍によるガザ地区の常軌を逸した殺戮も、ロシアによるウクライナへの攻撃もミャンマーの内戦も終わる兆しがなく、北朝鮮は脅えた犬のように周囲を威嚇し続け、中国の覇権主義はさらに膨張し、移民問題を契機としたヨーロッパの右傾化は現在進行形で加速し、シリアやイエメンやリビアの内戦も終わる気配がない一年だったけれど、でも希望は決して途絶えない。
時おり言われる。これほどに殺伐とした世界なのに、なぜ「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」とおまえは言えるのかと。わかってるよそんなこと。だからこそ言い続ける。世界はもっと豊かなはずだし、人はもっと優しいはずなのだ。
前に進む。正しい方向に進む。そのために過去を忘れない。だから心に刻む。血と涙で溢れた一〇一年前の残酷な九月のことを。
上記内容は本書刊行時のものです。