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だから地方史研究はやめられない
- 初版年月日
- 2025年4月30日
- 発売予定日
- 2025年4月28日
- 登録日
- 2025年4月2日
- 最終更新日
- 2025年4月3日
紹介
現代社会のその先を作るために。日本の歩みを、記憶として、地域から残し伝え考えるための本。日本史ファン、研究者必携のシリーズ7冊目は、地域の現場で多様な資料と向き合いながら研究を進めることのおもしろさを、地方史研究の最前線にいる書き手が縦横無尽に語り尽くす。
第1部は「もう一つの世界から歴史を見る」では、視点や視線をかえることによって、新たな歴史的世界が立ち上がるさまを見つめ、第2部は「こんなところからも歴史が見えるぞ!」では史料はもちろん、金石文・史跡・伝承など、さまざまな地域資料に注目しながら歴史を読み解きます。第3部では「いったい何者だったのか⁉」と題し、多角的な視点で人物にアプローチ。第4部「それでもしたたかに生きていく」は、巨大な力に屈することなく、時にはそれを利用しながら生き抜いた人々の物語を明らかにしていきます。第5部の「かくして信仰はひろがった」は、信仰や祭りについて。第6部「これからのアーカイブズの話をしよう」は、地域資料を保存することの意義と実践を述べていきます。
地方から歴史を考えることに重きをおいた全20編。ぜひお楽しみください。
執筆は、山内譲、小林准士、松本洋幸、厚地淳司、栗原健一、若山浩章、兼平賢治、渡邊浩貴、桐生海正、髙木謙一、佐藤貴浩、三浦忠司、宮坂新、長谷川幸一、平井義人、山下真理子、須永敬、三野行徳、西向宏介、小幡尚の20名。
目次
はじめに─本書のたのしみ方 (地方史研究協議会会長 久保田昌希)
第1部 もう一つの世界から歴史を見る
海上警固のエキスパートの歴史的役割とは (対象地域:愛媛)
1 海の領主忽那氏の海城警固(山内 譲)
1 「海の領主」と「海城」/2 応仁の乱と久田子衆/3 海城警固のエキスパート
最重要資源の需要と供給 (対象地域:島根)
2 竹からみた江戸時代(小林准士)
1 竹薮の今昔/2 領主による竹藪の管理/3 武士たちの竹需要/4 建築用材としての需要/5 軍需の増大と竹不足の発生
戦争の最中に旅行を楽しむ人々 (対象地域:神奈川・静岡)
3 太平洋戦争下の箱根・熱海ツアー(松本洋幸)
1 高まるツーリズム/2 鶴見の町医者・渡辺歌郎/3 観光客で溢れかえる箱根/4 熱海で宿泊先探しに一苦労/5 戦時下の旅行ブームから考えられること
第2部 こんなところからも歴史がみえるぞ!
梵鐘に刻まれた南北朝史 (対象地域:静岡)
4 沼津市霊山寺の梵鐘銘文を読む(厚地淳司)
1 はじめに/2 霊山寺梵鐘銘文/3 用語解説―仏教用語を中心に―/4 現代語訳/5 解説/6 おわりに
驚きの裁判と、今に伝わる史跡・遺物・伝承 (対象地域:茨城)
5 慶長三年の常総国境争いをめぐる鉄火塚と鉄火棒
─伝説と史実の狭間─(栗原健一)
1 史跡鉄火塚と鉄火棒をめぐって/2 明治時代の飯泉五郎作編『関東三大堰ノ一沿革誌』/3 大正時代の『筑波郡案内記改訂増補』と『筑波郡郷土史』/4 敗者川口(川崎)播磨の子孫は続く
史料の森へと入り込むことで見えてくる戦乱の実態 (対象地域:長崎・熊本・宮崎)
6 「島原の乱」関係史料との出会い(若山浩章)
1 はじめに/2 史料の森の入口にたつ/3 史料の森に分け入る/4 さらなる森の深みへ/5 森のなかでの出会い/6 おわりに―史料の森の中で考えたこと
石が語る歴史に耳を傾けよう! (対象地域:岩手)
7 石碑と石材から地域の歴史を読み解く
─岩手県内の近世石碑と墓石から─(兼平賢治)
1 はじめに/2 三閉伊一揆の指導者と西国順礼塔/3 岩泉町の牛馬塔と塩の道/4 北上川舟運と石巻産井内石
第3部 いったい何者だったのか!?
東大寺お水取りを支えた、ある架空の領主の物語 (対象地域:奈良・三重)
8 道観長者とは何者か
─東大寺のお水取りと伊賀一ノ井松明講の伝説─(渡邊浩貴)
1 お水取りを支える伊賀一ノ井松明講/2 ゆらぐ道観長者伝説/3 紛争の記憶と道観長者のイメージ形成/4 道観長者伝説と一ノ井村の人々
「与兵衛は四人いた!」 (対象地域:神奈川)
9 墓石・系図・新出資料から読み解く漆仲買人(桐生海正)
1 はじめに―研究対象との出会い―/2 研究を深めることになったきっかけ/3 与兵衛家の墓/4 与兵衛のネットワーク/5 さらに深めるために/6 おわりに
史料から地域経済・自然環境を読む (対象地域:千葉)
10 牧士とは何者か(髙木謙一)
1 江戸時代の牧/2 牧を管理する役人/3 牧士とは何者か
第4部 それでもしたたかに生きていく
誰の目線で地方史をみるか (対象地域:福島)
11 伊達政宗を翻弄した大内定綱(佐藤貴浩)
1 大内定綱の売り込み/2 定綱の自信/3 多属的性格・南奧の導火線/おわりに
言いなりにならない百姓たちのしたたかさ (対象地域:青森・岩手)
12 庄屋「御用日記」から見た八戸藩の百姓一揆(三浦忠司)
1 八戸藩に稗三合一揆が起きる/2 藩の二一カ条願筋の沙汰とそれを書き留めた庄屋御用日記/3 御用日記に見える村百姓の願筋とそれに対する藩沙汰の箇条/4 まとめ 御用日記から読み取る村人の息づかい
活動から見える営業戦略・能力とプライド (対象地域:千葉)
13 地域をつなぐ商人の活動─館山町の他国出身商人─(宮坂 新)
1 江戸時代の館山町/2 他国出身商人の進出/3 有田屋佐七と新発田藩江戸屋敷
第5部 かくして信仰は広がった
永平寺に伝来していたもうひとつの肖像画 (対象地域:福井)
14 知られざる道元頂相─板行された頂相をめぐって─(長谷川幸一)
1 著名な道元頂相/2 『傘松日記』にみえる二幅の道元頂相/3 永平寺本とその開板/4 むすびにかえて
ザビエルの来豊経路は陸路だった! (対象地域:大分)
15 ザビエル来豊の経路と南蛮貿易港日出の姿(平井義人)
1 はじめに/2 ザビエル来豊にかかる二つの記録と近年の学説/3 ティセラの日本図/4 近世の絵図から考える別府湾の海底地形と日出港の意義/5 ロドリゲスの海路説/6 おわりに
ムラを訪れる高野聖と西国に旅をする人々 (対象地域:東京・和歌山)
16 高野山への信仰と参詣の旅路(山下真理子)
1 高野山信仰の広がり/2 檀那場を訪問する高野聖/3 高野山への旅/4 おわりに
祭りからみる修験霊山の神道化とその実態 (対象地域:福岡)
17 『神社日誌』から読み解く祭りの変遷
─英彦山神社神幸祭の事例から─(須永 敬)
1 はじめに/2 神社祭祀のなかの「官」と「私」/3 英彦山神社神幸祭と「古典復古」/4 新暦改定/5 観光・産業・戦争/6 戦後の神幸祭/7 おわりに
第6部 これからのアーカイブズの話をしよう
人も資料も移動する (対象地域:北海道・宮城)
18 武家の北海道移住とアーカイブズの移動
─亘理伊達家中村木孝英の近世・近代─(三野行徳)
1 明治維新と海を渡ったアーカイブズ/2 亘理伊達家中村木家と持ち込まれたアーカイブズ/3 村木孝英の近世・近代/4 移住者のアーカイブズを守っていくために
守られた企業史料から分かること (対象地域:兵庫)
19 在来木綿からタオルへ─加古川地方の産業史─(西向宏介)
1 倒産後に残された史料群―稲岡工業株式会社文書―/2 近世の木綿産地・加古川地方と姫路藩木綿専売制/3 外来綿による打撃と再生への模索/4 タオル製造業の展開と海外市場への輸出/5 日貨排斥と国内市場へのシフト/6 戦時統制下のタオル製造業/7 歴史資料を守ること
地域資料に見るアジア・太平洋戦争下の山村の暮らし (対象地域:高知)
20 高知の山奥までやってきた戦争
─高知県津野町口目ヶ市集落の『常会記録』を読む─(小幡 尚)
1 『常会記録 口目ヶ市部落』/2 高知地域資料保存ネットワークの活動/3 口目ヶ市部落会と常会/4 常会の議事/5 供出と配給/6 歴史資料の探索の必要性
あとがき(萩谷良太)
執筆者紹介
シリーズ刊行にあたって
前書きなど
はじめに─本書のたのしみ方
地方史研究協議会会長 久保田 昌希
シリーズ「地方史はおもしろい」は、地域の歴史を学び研究する方はもちろん、日本史に興味をもつ若い読者に「地域史研究」の魅力を伝えるものです。身近な場所に多様な資料が残されていることへの気づき、そして地域資料から日本の歴史がどのように立ち現れてくるのか、地域史研究のおもしろさや醍醐味を知っていただきたい、そのような思いで刊行を継続してきました。
直近に刊行した四冊は、庄内・信越・大阪・徳島と地域を限り、各地の歴史的な特色を明らかにしたものです。これは、本会が、毎年秋にいずれかの都道府県で研究大会を開催し、その翌年に研究報告の内容をまとめた大会成果論集を刊行してきたスタイルと大きく関わるものです。しかし、大会成果論集は、最新の研究成果を集約した論文集としての性格があるため、初学者にはやや難解な内容も含んでいます。そこで、地域史研究の成果を広く分かりやすく紹介するため、本会の創立七〇周年を期に企画したのが、シリーズ「地方史はおもしろい」の刊行でした。
どこから読んでいただいても、おもしろい本書ですが、以下、各論考のエッセンスをご案内しましょう(なお、論題に続くカッコ内には、執筆者と論考の対象地域を示しています)。
第1部は「もう一つの世界から歴史を見る」と題して、三つの論考を収載しました。視点や視線をかえることによって、新たな歴史的世界が立ち上がってくることを教えてくれる論考です。
「海の領主忽那氏の海城警固」(山内譲 愛媛県)では、瀬戸内海の海城と、そこを拠点に活躍した海の領主が論じられます。現在は無人島となっている小さな島(クダコ島)が、眼前の航路をにらむ要塞として機能し、そのため応仁の乱に際しては、この島の忽那氏配下の在番衆に重要な情報がもたらされました。また、戦国時代の海城・鹿島城の守備にあたった忽那氏配下の賀島衆は、独自の規約を定め、大名権力から相対的に自立していました。瀬戸内海の小さな島から日本の歴史を展望すると、海城警固のエキスパートを抱えた忽那氏の姿が浮かびあがってきます。
「竹からみた江戸時代」(小林准士 島根県)は、松江藩領内の史料から見えてくる江戸時代の竹林管理の実態を紹介しています。竹は武具や建築部材として日常的にも必要でしたが、松江城下の大火や、ペリー来航以降の大坂湾の警衛などによって一時的に需要が高まると、竹が不足、払底する事態も生じました。人の手が入らなくなり荒れたままになっている現在の竹藪のすがたからは想像し難いのですが、商品としての竹の重要性と、官民をあげて竹山の維持管理につとめていた様子を史料は教えてくれます。
「太平洋戦争下の箱根・熱海ツアー」(松本洋幸 神奈川県・静岡県)は、暗いイメージのある戦時下において、旅行を楽しむ大勢の人々がいたという驚くべき事実を、旅行者の手記からたどる論考です。手記を通してみえてくるのは、観光客で溢れかえる箱根であり、満室で宿を探すのに苦労する熱海の様子です。一種の「オーバーツーリズム」ともいえる現象がおきていました。戦争が始まると人々は耐乏生活を余儀なくされたと思われがちですが、旅行者やタクシー運転手、宿屋の番頭の様子から、娯楽や利潤を欲し、たくましく生きる人々のすがたが見えてきます。
第2部は「こんなところからも歴史が見えるぞ!」と題し、史料はもちろん、金石文・史跡・伝承など、さまざまな地域資料に注目しながら歴史を読み解いていく論考を配しました。
「沼津市霊山寺の梵鐘銘文を読む」(厚地淳司 静岡県)は、静岡県指定文化財の梵鐘に刻まれた一五六文字を丁寧に解読した論考です。南北朝時代に造られたこの梵鐘は、遠江国府がおかれていた府中(見付・現磐田市)に所在した蓮光寺に寄進されたものでした。筆者は、梵鐘の製作者を国府の近くに定住した鋳物師集団と推測し、銘文と時代背景を重ね合わせることで、その鋳物師集団を掌握していった守護の権限拡大の一端が垣間見えることを示唆します。さらに、追刻された銘文や他の資料からは、梵鐘が遠江や三河の諸寺を転々としていたことも判明します。
「慶長三年の常総国境争いをめぐる鉄火塚と鉄火棒」(栗原健一 茨城県)は、鉄火裁判をめぐる地域の伝承を紐解く論考です。常陸国と下総国の境界を定めるため、焼いた棒を握ることで神意を占う鉄火裁判が行われ、その場所が史跡「鉄火塚」として残されています。さらに、その際に使用されたといわれる鉄火棒も伝えられているたいへん珍しい事例です。鉄火裁判の具体的な内容を伝える資料は、近代になって書かれた歴史叙述に依拠していますが、注目されるのは裁判に敗れた川崎播磨の子孫らによって、現在も播磨の慰霊が継続している点です。
「『島原の乱』関係史料との出会い」(若山浩章 長崎県・熊本県・宮崎県)では、かの剣豪宮本武蔵が、島原の乱で投石により怪我をしたという史料を出発点に、史料の森の奥深くへと入り込んでいった筆者の経験が語られています。複数の史料を通して浮かび上がってきたのは、生々しい戦場の実態と、戦乱における投石の破壊力についてでした。元教員だった筆者のたいへん親しみやすい語り口は、若い読者に歴史探求のおもしろさと魅力を伝えてくれます。と同時に、「事実を知ると己の認識が変わる」との言葉には、歴史研究の本質が端的に示されています。
「石碑と石材から地域の歴史を読み解く」(兼平賢治 岩手県)は、筆者らが主体となって進めている石碑の悉皆調査をもとに、身近な場所に散在している石碑から、大きな地域の歴史が読み取れることを教えてくれる論考です。特定の地域にまとまりをもって分布する「西国順礼塔」や「牛馬塔」からは、その地域の信仰や生業を見いだすことができます。また、使用された石材を調べることで、舟運や流通の実態が浮かび上がってきます。一つ一つの石碑がもつ情報を積み重ねることによって、岩手県の大きな歴史を描こうとする試みです。
第3部は「いったい何者だったのか⁉」と題し、多角的な視点で人物にアプローチをした三つの論考を配しました。
「道観長者とは何者か」(渡邊浩貴 奈良県・三重県)は、東大寺二月堂の「お水取り」に使われる松明を調進する行事をめぐって、行事の創始者とされる「道観長者」を検証したものです。史料とフィールドを重ね合わせ、道観長者のイメージが近世の山野紛争を経て形成されたことや、道観の名が二月堂の本尊名号に由来することなど、たいへんユニークな視点で伝説にアプローチしています。また、道観長者の伝承が、現代の調進行事を支える伊賀一ノ井松明講の人々にとって、自己のアイデンティティを語る存在になっているとのたいへん興味深い指摘もしています。
「墓石・系図・新出資料から読み解く漆仲買人」(桐生海正 神奈川県)では、江戸時代の漆液仲買人の与兵衛について、その研究を深めていった経験が時系列的に語られています。資料館所蔵の古文書をもとにした与兵衛に関する研究を一区切りつけた筆者ですが、その後の地域の人々との交流をとおして、多様な資料が見出され、さらに研究が深められていきました。墓石や系図、近代の屋敷の鳥瞰図、寄進した鳥居、そして新出の古文書など、多様な資料が見出され、研究が広がりをもっていく過程もまた、地域史研究ならではのおもしろさです。
「牧士とは何者か」(髙木謙一 千葉県)では、幕府直営の牧場を管理した「牧士」と呼ばれた役人(武士)を紹介しています。放牧による自然繁殖に任せていた江戸時代、土手や樹木などで仕切られる程度であった牧を管理していたのが牧士でした。牧士は、野馬捕りや馬の成育状況の把握、土手の普請などの仕事に従事しました。しかし、幕府への軍用馬の供給を目的としていた牧が、周辺農村も含めた林産資源の獲得の場へと変容していくなかで、間伐された樹木の周辺の村への払い下げや、植林などの林産に関わる役割が追加され、牧士の性格も変化していきました。
第4部「それでもしたたかに生きていく」も人物に焦点をあてた論考ですが、ここで描かれているのは巨大な力に屈することなく、時にはそれを利用しながら生き抜いた人々の物語です。
「伊達政宗を翻弄した大内定綱」(佐藤貴浩 福島県)は、南奥州の戦国時代を、政宗に敗れた大内定綱に注目することで捉え直そうとする試みです。政宗に攻められた定綱は、家臣が皆殺しにされて敗北を喫しますが、仇敵である政宗に臣従する意向を示したばかりか、知行を得るための交渉をすすめ、家の存続を図ることに成功しました。敗れた定綱がなぜそのような強気の交渉に出たのか、複雑な南奥州の勢力関係について筆者の解説をご覧ください。敗者の側から歴史をみると、政宗の視点で語られがちな戦国時代の南東北が、異なる風景としてみえてきます。
「庄屋『御用日記』から見た八戸藩の百姓一揆」(三浦忠司 青森県・岩手県)では、八戸藩に要求をつきつける百姓たちのすがたが描かれています。「稗三合一揆」とその後の訴願により示された百姓たちの要求は、日々の暮らしを立ち行かせるために必要なものであり、そのため藩も方針の修正に応じざるを得ない内容を含んでいました。庄屋の「御用日記」に書き留められていた八戸藩からの沙汰は、藩と百姓たちとの間のせめぎ合いを具体的に教えてくれます。藩権力に抗う百姓たちの強い意志が感じられます。
「地域をつなぐ商人の活動」(宮坂新 千葉県)は、館山の一商人・有田屋佐七と、越後新発田藩との争論を取りあげたものです。紀伊国有田郡出身の有田屋は、酒造や絞油業を営み、廻船を所有して江戸での商業活動を行う有力商人でした。代金の支払いをめぐる新発田藩と有田屋の争いは、館山藩も巻き込む事態になりますが、有田屋には新発田藩に否があることを主張できる明確な証拠書類がありました。有田屋が館山藩役所に提出した文書には、新発田藩に対する憤りや皮肉が書き込まれていて、藩と対等に交渉ができる資金力や文書管理能力、自負が垣間見えます。
第5部の「かくして信仰はひろがった」は、信仰や祭りに関連する四つの論考で構成しました。
「知られざる道元頂相」(長谷川幸一 福井県)は、曹洞宗大本山の永平寺にかつて伝来した頂相をめぐる論考です。「永平寺本」と呼称する本頂相は、室町時代に制作されたもので、道元の頂相として貴ばれたものですが、他見を許さないものとして秘蔵されていました。江戸時代には永平寺本をもとに木版頂相が作られ、各地の曹洞宗寺院に広く流布していきます。しかし、永平寺本そのものは、享保期には虫損によって補修ができないほどに傷みがすすみ、文化一一年(一八一四)までには失われてしまった可能性があることを本稿は指摘しています。
「ザビエル来豊の経路と南蛮貿易港日出の姿」(平井義人 大分県)は、日本にキリスト教を伝えた宣教師ザビエルの、文字通りの足跡を辿った論考です。山口を出発したザビエルが、豊後府内の大内氏館まで、どのような手段・道程でやってきたのかを問うています。近年は海路説が有力ですが、筆者は布教を重んじるザビエルは長い距離を歩いて移動して日出まで辿り着き、そこから別府湾を渡るために船を利用したとみます。この陸路説をとることによって浮かび上がってくるのが「日出港」の重要性で、筆者はその意義をさまざまな史資料から裏付けています。
「高野山への信仰と参詣の旅路」(山下真理子 東京都・和歌山県)は、高野山に対する信仰を広げた高野聖の布教活動と、高野山を旅する人々の姿を、現在の東京都世田谷区にあたる村々の史料をもとに読み解いた論考です。前者については、高野山子院から派遣された使僧が、どのように地域に受け入れられたのかを具体的に示しています。後者については、高野山への旅が先祖供養を目的とする信仰の旅であると同時に、伊勢参詣や京坂・奈良、四国まで足をのばす遊山の旅でもあり、そのために莫大な路銀が必要だったことにも言及しています。
「『神社日誌』から読み解く祭りの変遷」(須永敬 福岡県)では、西日本最大の修験霊山英彦山の神道化と、それに伴う神社の祭りの変遷をたどります。ここで用いられる「神社日誌」は、明治一二年(一八七九)から昭和三〇年(一九五五)まで書き継がれた記録です。修験時代の芸能を復活させることで、祭りの参列者を取り戻そうとする動きなど、時代と地域の変化に応じて、神社の祭りが復古・創造・変容していく様子が明らかにされます。筆者が着目する「神社日誌」には地域資料としての可能性が秘められており、新たな研究の広がりを予感させるものです。
第6部「これからのアーカイブズの話をしよう」は、地域資料を保存することの意義と実践に関わる三本の論考を配しました。
「武家の北海道移住とアーカイブズの移動」(三野行徳 北海道・宮城県)は、名だたる戦国武将の資料などが、北海道に伝来した背景を考察したものです。これらは明治維新後、開拓移住によって新たな活路を見い出そうと決意した大名や家臣たちが持ち込んだものでした。武家としてのアイデンティティ、あるいは主従関係の記憶を証明する記録が選択され、人々と一緒に海を渡りました。他所から持ち込まれたアーカイブズではありますが、ふたつの地域の歴史と移住の記憶を結びつける大切な文化遺産であり、その継承を図っていく活動の重要性が説かれています。
「在来木綿からタオルへ」(西向宏介 兵庫県)では、日本のタオルメーカーの草分けであった加古川市の稲岡工業株式会社に残された資料群を取りあげます。特定の企業に残されたものですが、江戸時代の一大木綿産地にあって姫路藩最大の木綿問屋に成長した稲岡家の歴史と、明治時代のタオル製造業への転換により地元の織物生産者を救済しようとした過程をうかがい知る資料群であり、これらは地域資料そのものであるといえます。企業の倒産により残された膨大な資料群が、地元の方々の手によって守られ、地域の共有遺産となった活動は意義深いものです。
「高知の山奥までやってきた戦争」(小幡尚 高知県)は、高知戦争資料保存ネットワーク(現高知地域資料保存ネットワーク)が整理してきた資料のひとつ、口目ヶ市集落の「常会記録」を通して、戦時下の山村のくらしを明らかにする論考です。記録からは、戦局が厳しくなるなか、定期的に開催される常会でどのような話し合いがもたれていたのか、その様子を具体的に知ることができます。また、供出や配給の記録から山村のくらしの変化が明らかになります。地域に眠る資料を発掘し、誰もが利用できる形で保存していく活動と深く結びついた事例研究です。
ところで、本書は当初、石川編の刊行を計画し、石川県内の研究者を中心に健筆をふるっていただいておりました。しかし、二〇二四年一月一日の能登半島地震を受けて、石川編の執筆・編集作業は延期を余儀なくされました。関係の皆様の一日も早い復興を祈念申し上げますとともに、改めて石川編の刊行を期したいと思っております。
その石川編の代替企画として、本書は本会の評議員・委員・常任委員が執筆を行うことになりました。突然の計画となりましたが、執筆者各位のご協力により、前述の二〇本の論考を収めることができました。収録した論考では、全国に評議員・委員を有する本会の性格とも相俟って、北海道から九州まで日本各地に残る資料が幅広く取り上げられています。地方史研究の基礎は紛れもなく「地域」そのものであり、地方から歴史を考えることに重きをおいて研究活動を行ってきた本会の特徴が、本書にも表れています。
そして、第6部の三本の論考からも明らかなように、地方史の研究を進めるためには、地域資料の継承もあわせて考えていかなければなりません。そのため本会は、地域の歴史研究とともに、地域資料の保存と活用をはかる活動をおこなってまいりました。身近な地域の歴史を豊かに描いていくためには、地域資料の発掘・調査につとめ、次世代に引き継いでいくことが大切であり、今後その果たすべき役割はますます大きくなっていくものと思われます。
巻頭でも述べたとおり、本書は若い世代の読者に向けて、地域の歴史を研究する醍醐味を伝えていくことを念頭に編みました。寄せられた二〇本の論考は、執筆者ひとりひとりが地域資料と向き合い、現場で考え、実践をしてきた記録であり、メッセージにもなっています。そして、各論考の行間からあらためて感じとれたことは、地域資料を読み解くことの楽しさであり、地域で歴史を考えることのおもしろさでした。
本書を通して思うことはひとつ。だから「地方史研究」はやめられない。
上記内容は本書刊行時のものです。