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エロスとタナトス、あるいは愉悦と戦慄
ジョゼフ・ライト・オヴ・ダービーからポール・ナッシュへ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2021年9月
- 書店発売日
- 2021年9月8日
- 登録日
- 2021年8月6日
- 最終更新日
- 2021年10月21日
紹介
ジョゼフ・ライト・オヴ・ダービーの描く無垢の子どもたちの恐ろしさに、バーン = ジョーンズの描く心に悪を秘めた哀しきアンチヒロインに、シメオン・ソロモンの描く美の化身としてのバッコス/両性具有に、J・W・ウォーターハウスの描く美少年を誘惑する水界の美しきニンフたちに、ウォルター・シッカートの料理する地下にうごめく女性たちの愉悦と戦慄/ペインティングに、ポール・ナッシュの描く海辺のシュルレアリスムに、これらの創造の軌跡とさまざまな死と再生の美的表象を探り、イギリス近代美術に潜むエロスとタナトスを視覚化する!
目次
プロローグ ヴェールを剥がす──地下へ 山口惠里子
第1章 秘匿の遊戯──ジョゼフ・ライト・オヴ・ダービー《蠟燭の光のもとで子猫に着替えをさせる二人の少女》 富岡進一
第2章 バーン = ジョーンズ《シドニア・フォン・ボルケ》──哀しきアンチヒロイン 小野寺玲子
第3章 バッコスの二つの顔──シメオン・ソロモンの死と再生 田中裕介
第4章 誘惑する水界──J・W・ウォーターハウス《ヒュラスとニンフたち》における邂逅 若名咲香
第5章 ミュージックホールと鉄製ベッド──ウォルター・シッカートの猥雑なインテリア 山口惠里子
第6章 海辺のシュルレアリスム──ポール・ナッシュの一九三〇年代 大久保譲
エピローグ 薔薇でおおう──表面へ 山口惠里子
註
人名索引
前書きなど
古代ギリシア神話の愛と美の女神アフロディテの子で性愛を司る神エロスと、夜の女神ニュクスの子で死を擬人化した神タナトス。エロスの黄金の矢で射られた者は狂おしいほどの愛情に囚われ、鉛の矢で射られた者は愛に背を向ける。タナトスは、死期が迫った者のもとを訪れ、その魂を冥界へと運びさる。エロスとタナトスはこうして、人間を性愛と死への領野に導いた。芸術的感性にとって、またその営為にとって、この逃れることのできない、魂を激しく揺さぶる性愛と死は、イギリス美術にどのように表現されてきたのか、本書はこの問に挑んでいる。
一八三七年に幕を開けたヴィクトリア朝では、道徳を重視するミドルクラスの価値観──有用であり、道徳的に健全で、勤勉であること──が芸術にも求められ、「健全でない」芸術には強い批判が向けられ、エロスとタナトスはますます「美」の厚いヴェールでおおわれた。けれども、健全さが統べる社会においても、エロスとタナトスは粛正されることなく、地下に潜った。道徳のレッスンでは抑えきれない欲動や衝動が、社会の表層の下でうごめいていたのである。性愛や死に対する強い渇望は、時に、社会の裂け目からマグマのように画面にあふれだし、あるいは香油のように美にまとわりついた。そのようなエロスとタナトスを顕わにした絵画は、「醜い」「グロテスク」「動物的」などネガティヴな形容で非難されたのである。
イギリス美術にエロスとタナトスの現われを見つめることは、必然的に、「美」と、それに影のようにつきまとう潜在するものとのからみあいを目撃することになる。本書は、一八世紀後半にジョセフ・ライト・オヴ・ダービーが蠟燭の光で照らしだした子どもの残虐なエロティシズムから、エドワード・バーン = ジョーンズが描いた魔女シドニアの奸計とそれゆえの死、シメオン・ソロモンの憂鬱を抱えるバッコスとエロスに包まれる男性像、J・W・ウォーターハウスのニンフがヒュラスに放った死へと誘うエロス、ウォルター・シッカートが「掃き溜め」で制作した「みだらな芸術」、そして第一次世界大戦を経験したポール・ナッシュが海辺で見いだした異質なものどうしが出会うシュルレアリスムまでを論じる。
上記内容は本書刊行時のものです。