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性差別を克服する実践のコミュニティ
カナダ・ケベック州のフェミニズムに学ぶ
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2024年5月30日
- 書店発売日
- 2024年6月27日
- 登録日
- 2024年5月31日
- 最終更新日
- 2024年6月25日
紹介
性差別を撤廃するための知は、他者とともに考え、展開する実践の中で生み出される。では、そのような実践はどうすれば創り出せるのか? カナダのケベック州において、フェミニズム運動の流れを受け継ぎ誕生した2つのコミュニティの記録からは、意識化、実践、ネットワーク、インターセクショナリティがキーワードとして浮かび上がる。差別構造を変革していく実践の学習構造を分析した一冊。
目次
まえがき
頭字語・略記表
序論
第1節 本書の目的
第2節 基盤となる問い
第3節 本研究の位置づけ
第4節 本書の構成
第Ⅰ部 フェミニズム・アートを生み出す学びの構造――ラサントラル/ギャルリー・パワーハウスの事例
序章
第1節 目的とラサントラルの位置づけ
第2節 ラサントラルの概要と本研究で取り上げる記録
第3節 第Ⅰ部の構成
第1章 芸術における性差別を問うということは
第1節 芸術と性差別
第2節 ケベック州における女性アーティスト
第3節 ケベック州におけるフェミニズム・アート
第4節 ケベック・フェミニズム研究におけるラサントラル
第2章 ラサントラルはどのように誕生し、展開していったのか
第1節 ラサントラルの記録の特徴
第2節 ラサントラルの始まり
第3節 女性たちが出会い、学び合う場としての出発
第4節 若いアーティストたちのもたらしたエネルギー
第5節 異性愛中心主義との対峙
第6節 停滞期の経験
第7節 停滞期の意味
第8節 1990年代のラサントラルの足跡
第9節 他のコミュニティとの連帯
第10節 新しいテクノロジーの活用
第11節 25周年のふり返り
第12節 コミュニティの歴史の再認識
第13節 メンバーの姿の可視化
第14節 ミッションの改正
第3章 ラサントラルの展開の軸は何か
第1節 フェミニズム・アートの作品発表の場づくり
第2節 作品展を企画する際の基準
第3節 場としてのフェミニズム・アートの認識
第4節 記録の位置づけ
第4章 誰がラサントラルの実践の主体なのか
第1節 主体の捉え直し
第2節 他者との創造的な関係
第3節 フェミニズム・アートの実践コミュニティとしての意識化
第5章 ラサントラルの展開において記録はどのような意味を持つのか
第1節 作品展批評
第2節 記録に描かれたコミュニティ像
第3節 記録のはたらき
第6章 ラサントラルの実践の公共的意味とは何か
第1節 モントリオール市の文化政策(2005-2015)
第2節 ラサントラルの新たな戦略
第3節 学習の場として
第7章 創造的な学習のコミュニティとしてのラサントラル
第1節 フェミニズム・アートのコミュニティの展開を支えた構造
第2節 ラサントラルの展開にとって記録の果たす役割と機能
注(第Ⅰ部)
第Ⅱ部 フェミニズムの視点から実践者の意識化を支える学びの構造――ケベック意識化コレクティフの事例
序章
第1節 目的とCQCの位置づけ
第2節 CQCの概要と記録の特徴
第3節 第Ⅱ部の構成
第1章 CQCはどのような社会的背景から誕生したのか
第1節 フェミニズムと静かな革命
第2節 カトリック教会の実践とスピリチュアリティ
第3節 アニマシオン・ソシアルの登場
第4節 公的機関の専門職コミュニティ・オーガナイザーの誕生
第5節 コミュニティ・オーガナイザーの継続教育の場の必要性
第2章 CQCではどのような学習が行われていたのか
第1節 CQCの研修
第2節 実践記録
第3章 CQCはどのように生成されたのか
第1節 省察的実践コミュニティとしてのCQCの認識
第2節 生活保護受給者の支援から生まれた意識化実践
第3節 支援者の意識化のプロセス
第4節 学習の場としての運動
第4章 CQCはどのように展開していったのか
第1節 最初の問題意識
第2節 学習観の転換
第3節 学習の組織化における認識の転換
第4節 学習の場としての民衆新聞づくり
第5節 重なり合うコミュニティ・共通する問い
第5章 意識化実践とフェミニズムはどのように重なるのか
第1節 CQCにおける意識化の定義
第2節 意識化実践が浮き彫りにした女性たちの抑圧経験
第3節 女性たちの意識化を支える学習実践
第6章 先住民族女性たちとCQCのメンバーの出会いはどのような実践を生み出したのか
第1節 先住民族に対する同化政策
第2節 先住民族女性たちに対する暴力の問題とその背景
第3節 ミシナクの概要
第4節 先住民族女性の尊厳の回復に向けた歩み
第5節 歩みを支えたもの
第6節 ミシナクの展開
第7節 ミシナクを支えるネットワークの構造
第8節 先住民族女性たちの尊厳の回復を支えるコミュニティの構造
第7章 カトリック教会、フェミニズム、民衆運動の出会いは、何をもたらすのか
第1節 企画が立ち上がった経緯
第2節 企画チームの形成と研修の組織化
第3節 研修における意識化の視点
第4節 学習がもたらした変化
第8章 CQCのメンバーたちは、自分たちの性差別意識をどのようにして乗り越えようとしていったのか
第1節 支援者自身に内在する性差別を克服する意識化実践
第2節 CQCにおけるフェミニズムという方向性
第3節 意識化とフェミニズムの出会いがもたらす可能性
第9章 女性たちの意識化を支える視点とその実践を支えるシステム
第1節 意識化実践が育んだ省察的実践コミュニティ
第2節 意識化実践とフェミニズム
第3節 記録が描いた意識化実践を支える仕組み
注(第Ⅱ部)
結論
あとがき
初出一覧
引用・参考文献
索引
前書きなど
まえがき
「しゃべる場所がない!」
大学に入学し、ジェンダー・スタディーズと出会い、性差別の問題に気づき、そして考えるほどに溢れてくる怒りや、胸のうちにたまるモヤモヤを、私は誰と分かち合ったらよいか分からなかった。だから自分1人で考えようとしたし、「きっと分かってくれない」と、誰かと考え合うことは、はなから諦めていた。でも、それでは何も解決しないことは分かっていた。本当に性差別の問題を解決したいのならば、自分を他者から切り離すことはできない。性差別は私と他者の関係性の間にある問題なのだ。
しかし私はまもなくフェミニズムと出会った。目の前の景色が拓けたようだった。私は世界との関係を取り結び直すことができ、怒りを「しゃべる場所がないなら作ればいい!」という閃きに転換することができた。フェミニズムは希望だ。
「女性ならではの力を発揮してほしい」「LGBTを受け入れられる社会に」「男性の育児参加を」。近年、組織や社会におけるジェンダー・ギャップの解消やダイバーシティを推進していこうという文脈でよく聞かれる言葉だ。こうした言葉が日常的に聞かれるようになったこと、一国のトップもこうした発言をするようになったことを、かつての私は想像できただろうか。しゃべる場所がないなんてことは、もうなさそうだ。しかし、果たして本当に、これらの言葉は、性差別をなくすための未来を創造するものになっているのだろうか?
一方で、「しゃべる場所がないなら作ればいい!」という閃きは、あちこちで生まれている。町の中の小さなカフェで、路上で、公民館で、学校や大学で、あるいはSNS上で、人びとは集まって、ジェンダーをめぐるモヤモヤを言葉にし合っている。私自身もこの10年間、そうした場を大学生たちと創ることに取り組んできた。そして、そのプロセスの中で、大学生たちが他者を思いやり合い、互いに学び合いながら、あたたかで優しく豊かな関係性を育んでいく姿に出会ってきた。それは希望だ。どのようにして私たちは、社会の中で、あちこちに、この希望を紡ぐことができるのだろうか?
この本は、まさに性差別をはじめとするさまざまな差別の問題について、「しゃべる場所がないなら作ればいい!」ということで作り出されたコミュニティの実践を分析した研究だ。性差別を撤廃していくための知は、1人で考え込んでも生まれない。他者とともに考え合い、試行錯誤しながら展開していく実践の中で生み出される。では、そのような実践は、どうやって創り出すことができるのだろうか? この問いについて、実践を生み出すコミュニティの学習構造に焦点を当てて明らかにしようとしたのが、本書の研究である。具体的には、カナダで唯一フランス語を公用語としているケベック州において、1960年代後半に展開したフェミニズム運動の経験を受け継ぎ誕生した2つの実践コミュニティの実践記録を取り上げた。1つは1974年に女性アーティストらによって設立されたフェミニズム・アートのギャラリーであるラサントラル/ギャルリー・パワーハウス(La Centrale / Galerie Powerhouse:以下、ラサントラル)である。もう1つは1983年に民衆教育者やコミュニティ・オーガナイザーらによって結成された、意識化実践の学習グループであるケベック意識化コレクティフ(Collectif québécois de conscientisation:以下、CQC)である。これら2つのコミュニティは、形態や方法は異なりながらも、長期にわたってその実践の展開を言語化した記録集を継続的に刊行している。
(…中略…)
著者が2018年に提出した博士論文では、上述の意識化概念の詳細な整理を行い、この概念を軸に2つの実践コミュニティの展開過程を分析した(矢内2018)。本書をまとめるにあたっては、それぞれのコミュニティの豊かな実践を、読者の皆さんにじっくりと読んでいただけるよう実践分析に焦点化し構成し直した。まず序論では、研究全体の枠組みを説明するために、筆者が研究の視座としてきたフェミニスト研究について、次いで実践記録を読み解くアプローチである社会教育学研究の女性問題学習のアプローチについて、そして研究のフィールドとしてのケベックについて述べた。続いて第Ⅰ部ではラサントラル、第Ⅱ部ではCQCの実践分析研究をまとめた。各章の見出しはすべて問いの形で表現した。それによって、読者の皆さんとともに実践の展開を辿り、さらにその意味を探究したいと考えたからだ。
本書が、あらゆる領域や立場で、性差別をはじめとする諸々の差別の克服を求めて実践する人びとの実践の展開を支える一助となればと願っている。また、テクストという空間の中で、実践の意味をともに探究する共同体を読者の皆さんと作ることができれば幸いである。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。