電子専業出版社が紙出版を始めた理由
プチ・レトルという出版社で代表をしております、大倉と申します。プチ・レトルは2013年1月設立、当初の事業は電子書籍の出版でした。そうです。うちは、電子書籍の出版から紙書籍の出版へ乗り出すという、時代に逆行するような試みをしたのです。
「どうしてこの時代に電子書籍から紙の書籍に?」と、周りの方々からもよく聞かれます。たしかに電子書籍は徐々に普及しており、電子書籍ユーザーは一定数いますし、市場も着実に伸びています。中には、「電子書籍はこれからなのでは?」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、4年間電子書籍専業で出版をやってきて、残念ながら電子書籍だけではビジネスにならないという結論に至りました。また、詳細は後でお話しますが、電子書籍の出版では様々な理由から、出版社でできることが非常に限られてしまいます。紙書籍の世界に踏み込むことで、自分たちが出したいと思う様々なジャンルの本を、もっとたくさんの人に読んでいただける可能性が大きく広がると感じたのです。
今回の版元日誌では、電子書籍専業で出版をしてきた4年間を通して、電子書籍についてわかったこと、そして紙の書籍の出版を始めてみて思うことを、お伝えしたいと思います。
◯思ったより売れなかった電子書籍
プチ・レトルは現在、役員2名と社員1名でやっていますが、うちのユニークなところは、もともと誰も出版関係者ではないということです。私は、もともと外資系経営コンサルティング会社に勤めていましたが、電子書籍ストアのhontoの設立時に転職し、その後、2012年12月AmazonのKindleが日本に進出し、誰でも出版ができるKDP(Kindle Direct Publishing)が始まったのをきっかけに、電子書籍出版の会社を起業することにしました。
さて、2013年に会社を設立してから4年間、電子書籍専業で出版をしてきたわけですが、残念ながら電子書籍専業では食べていけないという結論に至りました。実際には、1年目後半でそのことはわかったので、他の仕事も並行してやっていました。それからも、電子書籍の可能性を探って4年間続けてきましたが、やはり難しかったのです。
なぜ電子書籍専業では食べていけないのか。その一番の理由は、電子書籍が売れないことです。たしかに電子書籍の市場はずっと伸びています。インプレスの調査によると2016年度の電子書籍市場は2,278億円、2012年度~2016年度の5年で市場は約3倍にもなっていて、市場規模だけを見れば成長しています。しかし、電子書籍の売上のうち約8割を占めるのがコミックで、文字ものは残り2割だけなのです。市場の8割を占めるコミックは、主に集英社や講談社などの大手出版社が手がけていますから、実際には残りの2割に文字ものを出す数百の出版社や個人がひしめきあっている、そんな状態です。文字ものの市場も過去3年間で2倍近くまで伸びてきてはいるのですが、やはり市場はまだまだ小さいと言えます。
また、以前は大手出版社が出す文字ものの電子書籍がそこまで多くはなかったので、それなりに内容のある電子書籍を出せば、そこそこ売れていました。プチ・レトルでも、初めて出した電子書籍がAmazonのKindleランキングで2位に入ったり、Kindleランキングの100位の内3冊ランクインしたこともありました。しかし、大手出版社の参入や、新刊書籍の電子版の同日発売も当たり前になってきました。ですから市場規模は3倍とはいえ、実際の出版点数はそれ以上に伸びており、1冊あたりの売上はマイナスになっているのです。大手出版社などは出版点数や既刊本などが多くあるので、会社全体の電子書籍売上は伸びているでしょうが、小さい出版社にとっては成長し続けるのが難しくなってきたのです。
◯電子書籍ヒットの法則
電子書籍には売れる法則があります。電子書籍の販売ストアは、AmazonのKindleストアを始め、楽天ブックスやhontoなど何十社もありますが、売上の大半を占めるのはAmazonです。ですから、電子書籍の売上を伸ばすには、AmazonのKindleストアで売れる必要があります。
では、どうすればKindleストアで売れるようになるのでしょう。紙の書籍であれば、書店に置いてもらることができれば、その本を目当てとしている人以外の目にも触れることができます。しかし、電子書籍はこうした露出が少ないので、まず販売していることを知ってもらうのが非常に難しいのです。
そこで重要なのがAmazonのKindleランキングです。このランキングに入ることで、書籍の存在を知ってもらうことができます。ちなみに、このランキングは、売上高ではなく売上数で決められています(現在はKindle Unlimitedによる利用量が大きく影響しています)。ですから、価格を下げることで売上数を伸ばし、Kindleランキングに入ることを目指し、それによって販売数を伸ばすことが可能でした。
しかし、次第に他の出版社もこの法則に気付いていきます。Amazonには、Kindle日替わりセールというものがあります。これは、毎日1冊の電子書籍が一日限りの特別価格で販売されるものです。この日替わりセールの書籍が、Kindleランキングの1位になることが多かったのです。この流れを見て、みな「セールをすれば売れる」とわかってきました。そして、紙と電子の両方を出している出版社も、電子版は紙より安い価格で販売するようになってきました。そうなると、もともと安いことが売りだった電子専業出版の強みがなくなってきてしまい、電子専業で勝負するのが厳しくなってきたのです。
◯読者にとっての電子書籍の問題点
iPadやKindleが発売され、電子書籍が話題になり始めた当時、電子書籍は紙の書籍に置き換わっていくのではないかと言われたこともありました。実際読者からすれば、重い本を持ち運ばなくていいし、保管場所も気にしなくていい。いつでもどこでも読むことができます。出版社からしても、紙の書籍のように制作コストがかからないので、元手がなくても出版できるのです。しかし、電子書籍の利用がひろがっていくにつれて電子であることのデメリットも多いことに気づきました。
まず、本として読むには端末が小さすぎることです。電子書籍が生まれた当初は、Kindleなどの電子書籍専用の大きな端末で読まれることが想定されていましたが、最近ではスマートフォンで読まれるようになってきています。スマートフォンではマンガの見開き表示などを読むことは難しいですし、雑誌や図などが多用されている書籍を読むのも向いていません。また、いつでもどこでも読めるというメリットはスマートフォンを持っている人に限定されますし、スマートフォンを持っていたとしても、容量制限という問題があります。アプリや写真でかなりの容量を使っているうえに、電子書籍やマンガを何十冊も入れたら容量はすぐに足りなくなってしまいます。それに、スマートフォンの電源が切れてしまったら電子書籍は読めないので、実はそんなに便利でもなかったのです。
出版社側にとっても、大きなデメリットがあります。紙の本であれば書店に並べてもらうことで、何百何千という書店で多くの人の目に触れることができます。でも電子書籍はストアが少ないうえに、書店のようにその本を目当てとしていない人の目にも触れるようにすることが非常に難しいため、出版したことを知ってもらうのが難しいということです。
また、電子書籍は普及してはいるのですが、読者層が限られています。みなさんの周りに、コミック以外の電子書籍をよく読んでいるという方はどのくらいいますか? 電子書籍の読者には、どんな方が多いでしょうか。現状、電子書籍をよく読んでいる読者は、IT関連企業で働いている人やITに強い人に集中しています。市場自体が小さい上に、読者層が偏っているのです。そうなると、売れるジャンルがIT関連の書籍やビジネス書などに限られてしまうので、出版社としても出せる書籍のバラエティが乏しくなってしまいます。
◯電子書籍専業をやめるに至ったきっかけ
こうした厳しい電子書籍市場ですが、プチ・レトルではヒット作も多くありました。中でも最も売れた本は、『金がないなら頭を使え 頭がないなら手を動かせ: 永江一石のITマーケティング日記2013-2015 ビジネス編』で、累計1万4千冊。AmazonのKindleランキングでも2~3日間1位をとることができました。
では、売上はどうだったでしょうか。この書籍は、販売ストアをAmazon独占にしていたので、Amazonからのロイヤリティは70%と高めでした(他ストアでも販売した場合、Amazonのロイヤリティは35%になります)。ただ、この本は著者のブログを元にしたものだったので、売上は著者と折半にしていました。結果、売上は400万で、プチ・レトルとしての収入は200万。ものすごく売れた本だったのですが、反対に言えば電子書籍の限界が見えてしまったのです。
この本が売れた理由は、内容が面白かったのはもちろんですが、まず著者の永江一石氏が人気ブログを運営しており、TwitterやFacebookでもフォロワーが沢山いたため、電子書籍を出せば買ってくれる固定客が何百人といたことです。そして、彼らが買ってくれることでKindleランキングの上位に入ることができたので、結果それ以外の人たちの目にも触れ、売上がどんどん伸びたというわけです。また、IT・ビジネスといった内容の本だったので、電子書籍ユーザーとの相性も良かったのでしょう。
仮にこのようなヒット作を年に何冊もコンスタントに出版することができるならば、電子書籍専業でもやっていけます。でも、そのようなヒット作を出し続けるのは難しいと思います。なぜなら、電子書籍に関しては出版社の役割が弱いからです。紙の本なら、デザイン、印刷・製本、書店への販売営業など、大切な出版社の役割がありますが、電子書籍にはそれがありません。電子書籍の場合、原稿を電子化する作業さえマスターしてしまえば、個人でも出版することができるので、わざわざ出版社を通す必要がないのです。ある程度文章を書ける人だったら、自分で出せば売上も100%もらえるのだから、そうしたほうがいいでしょう。先ほどの本の著者は、本業が忙しかったり今までの付き合いがあってプチ・レトルで出版することをできましたが、今後そのような著者を何人も探すのは難しいだろうと思いました。つまり、これ以上の売上を電子書籍で出すことは難しいと考え、紙書籍の出版に乗り出すことを決めたのです。
◯電子書籍専業からみた紙書籍の魅力
紙の書籍は市場が縮小していると言われているけれど、電子書籍専業だった身からすれば紙書籍の世界はとても魅力的に見えます。縮小しているとはいえ、コミック・雑誌以外の文字ものの書籍だけで市場規模は7,000億と大きく、電子書籍(文字もの:360億)の約20倍もあります。また、書店で並べてもらうことで多くの人の目に触れることができ、電子のように読者に偏りがないので幅広い人に読んでもらうことができるので、結果として出版できる本のジャンルも広がります。
また、紙の本では書店営業ができ、出版社としての頑張りが効くところも大きいと思います。実は、電子書籍では、出版社による販促方法が限られるのです。もちろん、ウェブサイトやSNSでの告知はできます。しかし、特定ジャンルの本を何冊も出しているような出版社であれば、出版社自体に一定のファンがつくことはあるかもしれませんが、うちのように色々なジャンルの本を出していく出版社ではそれも難しいのです(著者によるネットでの告知は効果もありますし、とても重要ですが)。さらにネットには、ウェブ広告というやり方もありますが、これは電子書籍の価格の安さを考えると、費用対効果が低いものです。
一方、紙の書籍であれば書店に直接営業できます。FAXやDMを送ることができ、本を店頭に並べてもらえます。告知もできるし、広告も出せます。販促で売上を伸ばすことができるなら、いろいろな本を出すことができます。ですから、出版社としてできる販促が大きいことは大事だと思います。電子書籍で一番売れた本の収入は200万円でしたが、紙の本だったらその何十倍の収入もねらうことができたでしょう。こういう理由で、紙の本の市場は縮小しているとはいっても、やはり電子書籍専業からしたら大きな魅力を持っています。
◯プチ・レトルの想い
さて、ここまでプチ・レトルが電子書籍から紙書籍へと乗り出した経緯についてお話してきました。ここからは、今後プチ・レトルがどんな想いで紙書籍の出版をしていこうと思っているのか、について少し紹介させていただきたいと思います。
プチ・レトルは、出版社として、本を出すことによって社会に貢献していきたいと思っています。うちでの「貢献」の意味は、「できるだけ多くの人にとって役に立つ」ものを提供することです。ですから、大きな方向性でいくと、プチ・レトルの出版物は、実用書、ビジネス書、語学書などになります。紙の本を始めることになったとき、社内では今後出していく本について「プチ・レトルの3つの条件」を定めました。条件は次の3段階になっています。
<1> 読者にとって役に立つ知識を与えられる本であること
<2> その知識を知ったことで行動が変わる、など読者にノウハウを提供できる本であること
<3> その本を読むことで読者の考え方や生き方が変わるきっかけになる本であること
最低でも<1>を満たしていることが必須で、できるだけ<1>よりも<2>、<2>よりも<3>を満たす本を出していきたいと考えています。
電子書籍は制作コストがかからなかったので、自分たちが出したいと思った本をすぐに出すことができました。でも、紙の本は書店があることで成り立っていて、営業で出版社を知ってもらうことも大切だと思っています。その中で、売れない本を出すことは、書店を始めプチ・レトルに関わる方々に迷惑をかけてしまうことだと感じています。そのため、プチ・レトルが出していく本は、ただ役に立つだけでなく、それが「できるだけ多くの人にとって役に立つ」ことを目指しています。
ここで、プチ・レトルが今までに出してきた3冊の本について簡単に紹介させてください。
『3ヶ月で英語耳を作るシャドーイング』
電子書籍で売れていたものを加筆修正して出版(語学書は、電子書籍時代にたくさん出していました)。これは、英語のリスニング力アップに最適なトレーニング方法を紹介した本です。また、この本を読めば、実際に「英語を使えるようになる」ことを目指して、リスニング以外にも英語学習にとって大事な内容を詰め込みました。
『外資系アナリストが本当に使っている ファンダメンタル分析の手法と実例』
現役の外資系アナリストが実務で使っているファンダメンタル分析のやり方を紹介した本です。投資のプロである運用会社アナリストの投資手法を公開することで、株価のチャートだけを見て判断するのではなく、きちんとした投資のスキルが身につくことを目指しました。
『完全残業ゼロの働き方改革』
電子書籍で好評だったのものを加筆修正して出版。元ブラックだったIT企業の社長が、残業ゼロにしたやり方を書いた本です。働き方改革が話題になっている今、一人でも多くのビジネスパーソンに長時間労働を改善してもらいたいと願って出しました。
今後も、先ほどの3つの条件に基づいた本をたくさん世の中に出していきたいと思っています。
◯今後も電子書籍を続ける理由
プチ・レトルは紙書籍の出版を始めましたが、今後も電子書籍は続けていこうと思っています。実際、先ほど紹介した3冊の本は全て電子版も発売しています。1冊目の『3ヶ月で英語耳を作るシャドーイング』を出版したときは、電子版の発売を2ケ月ほど遅らせました。しかし、電子書籍版を読みたいという人が結構いたこともあり、2冊目からは電子書籍も紙書籍と同時発売にしています。電子書籍の売上は紙の本の1割程度です。決して大きな割合ではありませんが、無視できない売上なので、今後も継続して販売していく予定です。
いまのところ、電子版の売上は7~8割がAmazonのKindleに集中しています。ですから、テスト的に電子書籍の発売を開始してみたいと考えるなら、AmazonのKDPで配信してみるところから始めるのがよいと思います。KDPでの販売であれば、1日でも発売開始することは可能です。Amazonだけでなく様々なストアで販売したい場合は、MBJ(モバイルブック・ジェーピー)や出版デジタル機構などの電子取次会社と取引して配信することができます。電子書籍の取次会社との取引は、紙の書籍とは違い、出版社であれば通常開くことができるはずです。取次経由での配信は、一つファイルを用意すれば、多数の電子書籍ストアに配信できることや、各ストアのセールに参加できるなどメリットはいくつかありますが、KDPと比べると出版に時間はかかります。
電子書籍を販売するには、epubファイルを制作する必要があります。ファイルの制作費用は数万円程度なので制作会社に頼むことも可能ですが、Romancerというサイトの電子書籍作成機能を使えば、ワードでつくった原稿を簡単に電子化することができます。Romancerは、データ制限などはありますが無料で使えます。
また電子書籍を販売するにあたって、価格や著者への印税をどうすればよいかという迷われる方もいるかもしれませんが、プチ・レトルでは、価格・印税とも、紙と同一条件にすることにしています。価格については、最初の1作のみ、紙より2割ほど下げましたが、電子版を読みたいという人は、同じ価格であっても紙ではなく電子を買う人が多そうでしたので、2作目からは紙と同一価格にしました。電子書籍では5割引きなどの紙では考えられないようなセールがよくあり、そこで売上が大きく伸びることもあるため、定価を下げるよりも、セールに積極的に参加するようにしています。
印税についても、価格が紙と同じであることや、電子書籍は印刷や流通コストは不要ですが、取次経由にした場合正味は10-20%ほど少ないことや、紙よりも少ないとはいえ製作コストもかかることもあり、紙と同条件にしています。また電子書籍の印税支払いは実売ベースになるため、売上の集計や振込など事務コストが結構かかったりもします。
電子書籍に興味を持たれた方は、出してみようかなという方は、もし何かわからないことがあれば、お気軽にご相談ください。